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彦坂尚嘉 Naoyoshi HIKOSAKAの《第163万8400次元》e-leaning ArtStudiesのブロマガ レビューを見る

New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

  • 著者 : New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
  • 学問・文化・芸術

マウリツィオ・カテランの第2弾です。

多くの人は、マウリツィオ・カテランを重要な作家だとは思わないでしょう。
彦坂尚嘉の《言語判定法》による芸術分析ですと、《原-芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》という芸術概念の梯子があります。にもかかわらず、多くの人は、たんなるジョークの作品くらいにしか思わないのだと思います。

そうではなくて、インタネットが成立した1990年代になると、伝統的な意味での「彫刻」や、「絵画」という言葉が、「」にいれられる事態になったのです。

それは明治維新に似ています。

明治維新になると、江戸時代までは武士は刀を「武士の命」と言って大切に持っていましたが、廃刀令がでて、刀を捨てることになります。おまけに、これも男のシンボルであって髷(まげ)が切られます。

この2つの喪失によて、明治の時代は始まりますが、これと似て、1990年代になると、国際展から、伝統的な意味での「絵画」や「彫刻」が消えたのです。

この事象を、表現論的に言えば、近代になると「神」という言葉が、論理的な文章では禁止されたように、「絵画」「彫刻」という単語の使用が禁止されたのです。

しかしここで議論をしようとしているのではありません。従来のように絵画を信仰している人は、それは信仰の自由というものであって、かまわない事なのです。彫刻も同様であって、人はそれぞれ自由に生きるのでよいのであって、彫刻というものを信じる人がいても、それは信仰の自由として尊重するしか無いのです。

つまり私が言っているのは、芸術の現実の状況の動きを、信仰の問題ではなくて、科学的な観察の中で見つめて、事実を事実として見つめる努力の中で議論をし、そして理論化をしようというのです。

日本の現状はリスク回避にしか動いていないにもかかわらず、破綻しています。それはそれで良いのであって、ひとそれぞあり、自由なのです。

ですから他人の自由を侵犯しようと彦坂尚嘉はしているのではなくて、科学者として、学問として厳密に芸術の現状を分析するなかでの制作を追いかけているのです。それだけであって、それ以外ではありません。

そういう視点で見ると、マウリツィオ・カテランの人形インスタレーション作品は、非常にすぐれた《芸術》作品なのです。しかも《超1流》から《第6400次元》まであるのです。

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