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彦坂尚嘉 Naoyoshi HIKOSAKAの《第163万8400次元》e-leaning ArtStudiesのブロマガ レビューを見る

New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

  • 著者 : New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
  • 学問・文化・芸術

このところ、死の問題や、公共性の問題で、芸術に関する思考は飛躍的に進んだのですが、しかしそれを文章にしようとすると、なかなか大変すぎてできなくなっています。

大きく言うと、ある時期から、現在の近代文明が変貌してきて、近代社会を形成してきている《公共性》というものが、衰弱してきたのです。それが「芸術」にも大きな影響を与え、「批評」も不要な状態になって来ているのです。

それは同時に《死》の問題をはらんでいて、もともと文明はエジプトのピラミッドの中の絵画は、お墓のための絵画であるように、《死》と密接にからんで成立していたものでした。しかし文明の《公共性》が失われてくると、芸術は私的なものになってきて、このお墓や《死》の問題を見なくなってくるようになります。

もう少し丁寧に言うと、公共性という構造が転換したようなのです。

リチャード・セネットが『公共性の喪失』という本で指摘しているのは、公共性の喪失が実はもっと前からはじまっていると言うことです。19世紀に万人にひらかれた公共性をもとめて近代市民社会が成立し、それまで生活のなかに歴然とあった公的領域が、個人や家族関係を軸とする私的領域にとってかわられたというのです。

そういう状況が、芸術にわたるあらゆる問題を、個人の心理の問題として測るようなものへと変貌させて、観客と芸術かを分離させて、芸術至上主義が登場してくると言うのです。

それでも近代というのは、国民文化であって、国民絵画を成立させるものとして画家は絵を描くという面を持っていたのです。

話を飛ばして現在について言っても、たとえば村上隆さんの絵画や彫刻には、彦坂尚嘉の言語判定法でみると《公共性》があります。ところが奈良美智さんには《公共性》は無くなっているのです。

小山登美夫ギャラリーの作家を言語判定法でチェックしてみると、思ったよりも多くの作家が《公共性》を持っていて、次の作家が《公共性》を喪失している表現です。

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