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2011-08

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退屈な芸術/面白いキッチュ - 2011.08.31 Wed

彦坂様


こんにちは、Aです。
昨日は、久しぶりにいろいろとお話ができて楽しかったです。
ありがとうございました。

迷ってたくさん歩いたため、ゆうべは足がかっかしてダウンしていました。
なにか彦坂さんにお伝えしようと思っていたことがあったはずなのに忘れてしまい。。
それを思い出しました。


昨日の会場が、「天国」であったことですが。。。

絵を見るのが好きな一素人の意見と思って聞いてくださればと思うのですが、、

わたしは「現代アート」というものは、そういうものだと思っていました。

あのように、妙に静かで動きのない。。。
(生命力のない?)

そういうイメージで思っていました。

なので、よく分からない、という感じです。

よくクラシック音楽の演奏会や、西洋の美術展をご一緒する音大で聴音の講師をされている
友人がいるのですが、彼女は子供の頃油絵も習っていたそうです。
過去、フランスなど旅行して美術館にもそれなりに行っているようです。
その方も「現代アートは分からない」と言っています。
(同じように「現代音楽は分からない」とも言っているのですが。。)

これが、多くの人の正直な気持ちなのだと思います。

彦坂さんの話を聞くようになって、写真が発明されたために
絵画の存在理由がなくなり、コンセプトが先行するアートが出現した、というのは分かりました。

だから、きっと見たら「すごい」と思う現代アートはたくさんあるのだと思います。
勉強をすれば「分かる」アートも、たくさんあるんだと思います。

でも、そういうことではなくて、わたしたち一般人が簡単に目に触れる範囲に溢れている
「現代アート」と呼ばれるものが、なんだか、、「退屈」なんですね。
見ていてエネルギーを吸われる感じというか。。
(本来芸術はその反対でなくてはいけないと思います)
日本だから、かもしれませんが。。

きっと教育の問題とか、画壇とかいうものの存在の問題とか、いろんなことがあって、
そういう風になったんだろうと思います。
彦坂さんの怒り(?)というのも、うなずけるような気がします。
なんだか悲しいことだな、というのは、すごく思います。


そういうことを、昨日の帰り道考えていました。


なんにせよ、いろいろと勉強になる日々です。
ありがとうございます。


31日には早いですが、今回の展示、お疲れ様でした。
みなさんの作品は見てて楽しく、行ってよかったです。


まだ暑いので、お体お気をつけてください。


AAAAA








AAAA様

メールありがとうございます。
新港ピアに来てくださってありがとうございます。

今回の企画の『新・港村』は、非常に頑張った企画で、日本の現代美術の集約点=終着のように見えます。同時にそれが、新しい現代アートの出発の兆しを示しています。



にもかからわず、会場にただよう現代美術のつまらなさというのは、
二重性があるでしょうね。

一つは日本の現代美術というものには偽の芸術が多いというつまらなさです。

もう一つは、本物の多くの人には芸術が分からないという事です。

このことはしかし、現代美術に特徴的な事ではありません。
近代以前でも同様な事はあって、
実は美術の多くは芸術ではなかったのです。

ですから現代美術が退屈であるのではなくて、
もともと、あらゆる時代の芸術は退屈なのです。

実例を挙げれば、
能は、その出自である田楽や延年に比べれば退屈であったのではないでしょうか?

退屈というのは高級という事です。

あらゆる高級で、高尚な芸術は退屈なのです。

退屈さを欠いてはハイアートとしての芸術は成立しません。

今日のタランティーノの映画においても、退屈で意味不明の会話の長々とした存在抜きにはありえないように、芸術とは退屈な要素が重要なものなのです。

(この後、芸術の本質が、工芸、装飾、イラストにあるということと、ハイアートの関係が論じられています。さらに最後に、今日のハイアートとキッチュの差を、実例を挙げて語っています。)
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歴史認識のあやまり/ミメーシスをめぐって - 2011.08.30 Tue


山口俊郎という30代の画家を知っているのだが、
ツイッターで次の様なつぶやきを書いています。

yamaguchitoshio 山口俊郎
現代アートとリアリズム絵画では根本的に考え方が違う。なんとか現代アートを、学んで写実絵画に活かそうと試みたがどうやら無理ぽい。別の次元だ、時代が違うのだ。ならば開きなおって自分の写実を追求するしかない。突き抜けた先にもしかしたら現代の尻尾を捕まえられるかもしれない。
8月21日


私のアトリエで、この山口俊郎さんにアメリカの20世紀美術の画集を見せたのだが、何も質問も無く終わったしまった。根本の所で分からないらしい。

このツイッターで書いている「根本的に考え方が違う」というのは正しい認識なのだが、この根本的な違いがなんであるのかが分かっていないのだ。

彼が言う所の「リアリズム絵画」という意味では、その本質に良くも悪くも《ミメーシス》がある。《ミメーシス》というのは日本語で言えば「模倣」です。この《ミメーシス》が、あらゆる芸術の根底にあって、芸術表現を《ミメーシス》による現実の解釈と定義して論じたのが、エーリヒ・アウエルバッハの『ミメーシス』という著作で、1946年に出版されています。この1946年というのは、私の生まれた年でありまして、同時に最初の「世界最初の『汎用』コンピュータ」であるENIACが生まれています。

つまり実は、山口さんが言うリアリズムというのは、《ミメーシス》の問題であって、《ミメーシス》の新しい次元の論理形成が、同時にコンピューターの時代の飛躍的な始まりと連動しているのです。

つまり今日に至までの現代美術/現代アートの根底には、実はリアリズム=《ミメーシス》が潜在しているのです。にもかかわらず、山口俊郎さんには「別の次元だ、時代が違うのだ」という認識にたどり着く。

なぜなのだろうか?
それは山口俊郎さんが自分の経て来た美術教育に固着しているからです。
つまり問題は現代美術の難解性にあるのではなくて、一人の個人が、自分の体験に固着してしまうという現象に過ぎないように、私には思えます。自分の体験に固着してしまう限り、事実を事実として認識する事ができません。山口俊郎さんに美術を教えた先生の作家は、実は芸術的にはゴミに過ぎなかったのです。ゴミに美術を学んで、その先生よりも良い絵を描いたとは思いますが、しかしその先生を超えたという体験に固着して、同じようにゴミになってしまっている。かつて山口俊郎さんは《超次元》の絵を描いていたのですが、最近は《第8次元 信仰領域》の絵に転落しているのです。これもよくある事なのですが。

人間は、自分の体験の中を生きているのですが、その外に出て相対化しない限り、成長が止まってしまいます。しかし多くの人はそれが出来ないのです。何でもないことなのに、それが出来ない。山口俊郎さんの最近の絵が《第8次元 信仰領域》になってしまって、凡庸の海に飲み込まれてしまったのは、成長が止まったからです。多くの大人は成長が止まってしまいます。その凡庸な実例の一つになってしまったのです。

山口俊郎さんは、「開きなおって自分の写実を追求するしかない。突き抜けた先にもしかしたら現代の尻尾を捕まえられるかもしれない」と結論を書いていますが、この認識そのものが間違いで倒錯しているのです。

『青い鳥』という物語の中で、青い鳥をさがして旅をしたら、青い鳥は自分の家にいたという話がありますが、現代を生きている山口俊郎さんは、今の時点で「現代の尻尾」なのです。「開きなおって自分の写実を追求」などしなくても良いのです。すでにご本人自身が「現代の尻尾」であるし、生きている全ての人が「現代の尻尾」なのです。いまさら追求しなくても、事実は事実として「現代の尻尾」を生きているのです。山口俊郎さんがやろうとしている「開きなおって自分の写実を追求」というのは、この事実としての「現代の尻尾」を生きている現実からの逃避なのです。

アメリカというのは、現在でも世界最強の軍事大国であって、それを直視しない限り、現在を把握出来ません。同時に1945年以降の現代美術の歴史の中で、アメリカ美術はもっとも果敢に芸術であり、世界美術史を展開して来ています。この事実と向き合わない形で、美術の専門家とは言えません。山口俊郎さんに貴重な20世紀アメリカ美術展の大著のカタログ上下2册を見せても、何も質問も言えないし、さらには「自分には分からない」という事も言えない時には、山口俊郎はプロの美術家ではない事が明らかになっています。

プロの美術家であれば、何かを言わなければなりません。何も言わないでやり過ごせば良いと思っているというのは、普通の人です。

普通の人が描く絵というものと、プロの美術家が描く絵画と、2種類の作品が存在しているのです。

何も芸術について、あるいは美術史について語り得ないというのは、普通の人であって、専門家ではないという事です。

では山口俊郎さんは、普通の人でしょうか?
普通の人なら、大学を出たら就職して職業を生きなければなりません。
それもしていない。

つまり山口俊郎さんは、プロの美術家でもなければ、普通の人でもない。
では、なんなのか?

現実から逃避したモラトリアム人間、あるいは自己愛的プー太郎であるのでしょうか? 
私にはその純朴な性格と、極度の臆病さが見えてしまって、「良い人」ではありますが、現在の過酷な日本の滅亡過程を生きていくのには不向きな人のように見えてしまいます。


政治や経済を見れば分かりますが、3.11以降の日本は、本格的な崩壊過程に入っているのです。社会も経済も、政治も空洞化して行きます。この崩壊過程こそが「現代の尻尾」なのですが、山口俊郎さんはこの過酷な現実に怯えて、リスクを回避しようと逃げる。より安全で、怖くない場所に逃げる。まるで逃げられる場所があるかのように。

つまり現実を現実として直視する精神がないのです。事実を事実として直視しない所に、リアリズムは成立しないし、《ミメーシス》の基盤に立ち得ないのです。

結論です。でも各自の生き方はあるのです。各々が各々の責任で生きて、死ぬのが人生です。リスクをどれほど回避しても、人間の人生に安全な場所はなくて、人間は死ぬのです。山口俊郎さんが死ぬという事実は、確実な事実なのです。そして生きるというのは、死を覚悟して、死ぬ気になって、ハイリスクを選ぶ事なのです。

日本社会が崩壊していくとき、この中で、自分はどのように死ぬのか?
それを真剣に考えないと、普通の人にも、美術家にもなれなくて、根無し草の人生をさまよう事になります。

しかし「根無し草の人生をさまよい、無意味に死ぬ」という事こそが、全ての人間の人生の悲惨さです。
人生の悲惨な結末を引き受ける事において、人間は平等なのです。
つまりどのように生きようと良いのです。
山口俊郎さんは、居直って、自分自身になっていくべきであります。
それが何であって良いのです。
重要な事は自分からは逃げられないという事です。
死ぬまで山口俊郎は山口俊郎なのです。
それを引き受けなければなりません。
自分の死、そこに《ミメーシス》を成立させる基盤があります。

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放射性物質の拡散調査  - 2011.08.27 Sat

3.11から半年目に入って、落ち着いた情報が出て来ているように感じるが、このまま終息してくれれば良いとは思うけれども、そうなるのだろうか。不安は拭えない気持ちが私にはあります。

過去を振り返ると、政治的な変動と地震や台風なとの災害は、奇妙な連動を示しているのです。江戸幕府が滅びる過程では、地震も頻発しているのです。菅直人が退陣しても、民主党をめぐる政治的不安定さは続いているし、政治が安定化しない場合には、これと地震や天変地変は連動し続けるのではないかという危惧があるのです。

福島原発事故をめぐる過程も、このまま終息していくのかどうか心配はきりがない所があります。世界経済の不安定化にしても、アラブ世界の政治変動にしても、現在という時代が、世界規模での変動期である事は続いているように見えます。このいう中で美術家がどのように生きていくのかは、実に難しい問題であると思います。基本は作品を作る事でしょうが、それが状況の変動から目をそらして、現実逃避だけで制作が続けられるのか? という疑問はあります。たとえばミロというアーティストは、初期や中期はすばらしい作品を作っていますが、晩年はひどい売り絵になってしまいます。その原因の一つが第2次世界対戦をめぐる政治的悪化に嫌機をさして現実逃避道を選んだ事にあるように思えます。ミロの研究者ではないので、間違いや異論があれば詳しい方の訂正を読みたいと思いますが、現実逃避の中での制作は、芸術的には良い結果を生まないように思います。



<福島第1原発>放出セシウム…広島原爆の168個分
毎日新聞 8月26日(金)22時28分配信
経済産業省原子力安全・保安院は26日、東京電力福島第1原発1~3号機と広島原爆から、それぞれ大気中に放出された放射性物質の核種ごとの試算値を公表した。セシウム137(半減期約30年)の放出量を単純比較すると、福島第1原発は広島原爆の168.5個分に相当する。

 ◇保安院が試算

 試算値は衆院科学技術・イノベーション推進特別委員会に提出された。原爆は「原子放射線の影響に関する国連科学委員会2000年報告」、福島第1原発は、6月に国際原子力機関(IAEA)に提出された政府報告書の試算を基に作成された。

 セシウム137の放出量は、福島第1原発1~3号機が1万5000テラベクレル(テラは1兆)に対し、広島原爆は89テラベクレルだった。ストロンチウム90(半減期約29年)は、福島第1原発が140テラベクレルに対し、広島原爆が58テラベクレルで約2・4個分。ヨウ素131(半減期約8日)は、福島第1原発が16万テラベクレル、広島原爆は6万3000テラベクレルで約2・5個分に相当した。

 保安院の森山善範原子力災害対策監は「原子爆弾は一瞬に爆風や熱線、中性子線を放出し、破壊するもので、単純に放出量で比較するのは合理的ではない」と述べた。【足立旬子】
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搬入の二日目 - 2011.08.25 Thu

今さっき、帰ってきました。明日からの横浜の新港村でのグループ展の搬入を終えて来たのです。明朝また早くに新港村に行って、最後の展示をします。明日から一週間の展覧会です。この展覧会は建築系ラジオとして参加しているのですが、担当者の某氏の不手際の連続でブースが出来ず、大幅に遅れこみました。

出来たブースも展示ブースとしては、これ以上無いという最悪で馬鹿げたもので、正気の沙汰ではありません。

当初、彦坂尚嘉は南相馬市のログハウスの素材を使った新しいウッドペインティングシリーズを予定していて、南相馬市の芳賀沼さんからログの木材を沢山送っていただいていたのですが、狭いブースが馬鹿馬鹿しくも二分割されて、更に狭くなっていた為に搬入も展示も物理的に出来ない。

今回分かったのは、担当者の某氏は作品鑑賞には物理的な空間の広がりが必要だという基本がわかっていない。

という訳で、急遽、新作を模造紙などの安い素材を使って大量にする事にしました。具体的には43インチの大型モニターまで買って、三台のビデオ同時上映するなど含めて、革新的てんこ盛りをやりました。一週間という短い展覧会ですが、是非お越し下さい。

太田丈夫さんの『手裏剣アート』をフューチャーしました。太田さんは古武道に凝っていて、なかなか面白いです。

あと、日本画家の江藤靖子さんの作品を展示しています。
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芸術の3つの芸術的価値(2と3) - 2011.08.25 Thu

「3つの芸術的価値」の続きです。

動画でのレクチャーは収録は早いのですが、アップするのがうまくいかず、手間取ってしまいました。
動画の公開を限定して使う初めてのもので、うまくいくかどうかは分かりません。

動画でレクチャーすると画像も、本の画像ですが見せながらできて、授業らしくなります。
『美術の1万年』という本を使いながら、全人類の美術史の中で、芸術的な価値がどのように出現してきたかを論じています。


芸術的趣味判断の多様性を整理すること自体が、実はいくつもの視点や方法が必要なのですが、ここで提示しているのは、基本中の基本と言えます。
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第45回「ラカンと美術読書会」のご案内 - 2011.08.25 Thu

ラカンと美術読書会連絡係りの加藤 力と申します。
ご案内させていただきます
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
第45回「ラカンと美術読書会」のご案内

日時9月 2日(金)18時30分 ~ 2時間程度
場所 立教大学(池袋) 6号館 6106研究室
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ラカンと美術読書会」とは下記の2人が共催する読書会です。

彦坂尚嘉(日本ラカン協会幹事、立教大学大学院特任教授、日本建築学会会員、

美術家)
武田友孝(元・東京スタデオ、インデペンデント・キュレーター)

ラカン『無意識の形成物〈下〉』と、
月代わりで選出される美術本の読書会です。

2007年8月より月一回のペースで開かれています。
ごくごく初歩的な読書会で何方でも参加できます。
どうぞお気軽にご参加下さい。

テキスト
◎ラカンは『無意識の形成物〈下〉』 (岩波書店)
●美術は『自己愛型社会』(平凡社新書)

  参加費 無料(コピー代のみ実費で頂きたくお願いいたします)
テキストは特に準備なさらなくても、こちらでコピーを用意いたします。

※ 研究会は夕食時に重なりますので、
  各自はあらかじめ軽食や飲み物を 
  適当に用意して来て頂ければ幸いです。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
立教大学への一番楽な道

池袋駅西口方面へ
西口の階段は登らずに、
地下商店街の通路を歩きC3出口から立教通りへ
駅から歩いて行くと、左手に立教大学の正面のツタの生えたたてものの
正門が見えます。
右手にも、立教大学の門があります。
それを通り過ぎて、最初の小さな道を右に曲がると、
左手に6号館の建物の門があります。
建物に入ると守衛の部屋があるので彦坂の所に行くと言って下さい。
研究室は6号館の6106です。

分からなければ、彦坂の携帯に電話して下さい。
090-1040-1445
研究室の電話
03-3985-6106

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
詳しい行き方は以下よりお願いします
立教大学のサイト
http://www.rikkyo.ac.jp/
一番上のバーに交通アクセスがあります。

ページ中程に池袋キャンバスへの道順が、あります。
http://www.rikkyo.ac.jp/access/pmap/ikebukuro.html

キャンバスマップがあります。
http://www.rikkyo.ac.jp/access/ikebukuro/index.html
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
申込・問合せ先:加藤 力(美術家、臨床美術士)
           E-mail:sp5g7d99@axel.ocn.ne.jp          
           FAX:0467-48-5667
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 - 2011.08.23 Tue

最初に昨日の補足です。
近代芸術を理解する為には映画鑑賞や映画研究は重要なものです。


その中でも、最初の映画表現をつくったルミエール兄弟の映画は、たいへんすぐれているものです。
昨日とは違う、ギター演奏付きのものを楽しんでください。



この原映画には、動くということを記録した映画のすばらしさが満ちあふれています。この動きというのは、時代の温度が上がって春になったように氷河が溶けて水が流れ始めたという《近代》の本質的な様態の現実が映し出されています。つまり液体状態の表現なのです。

彦坂尚嘉の『アートの格付け』では《超次元》から《第6400次元》まであって、《原芸術》《芸術》の二つがあります。
このルミエール兄弟の映画の中にある《原-映画》性を私はすばらしいと思います。




普通に映画と言った時に、かならずしも全ての映画の中に、映画の本質である《原-映画》性があるのではありません。
ジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』は、ルミエール兄弟の映画を見て作られたものですが、そこには複数のシーンがあって物語が描き出されています。
この『月世界旅行』には、しかし《原-映画》性が無くて、かわりに《原-演劇》性があります。

画面には動きが映っていますが、それは演劇であって、《原-映画》と私が言う動きではないのです。とにかく動くという事の面白さを追ったものではなくて、演劇を追ったものなのです。つまりメリエスの『月世界旅行』は映画というよりは芝居なのです。

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2つのロボットアニメ/機動警察パトレイバーとトランスフォーマー - 2011.08.23 Tue

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今日『芸術』という言葉は死語になったようにも思いますが、《近代》という時代の芸術を彦坂尚嘉の言語判定法で測定を繰り返していくと《超次元》から《第50次元》までに限定されたハイアート性を示しているのです。つまり人間の理性性だけで、芸術を成立させているというものです。

一方で人間社会の中で生産される社会的通念に適応した通俗性を持つ作品は《キッチュ》と呼ばれたのです。この《キッチュ》性を持つ表現を、彦坂尚嘉の言語判定法で測定すると、《第51次元》から《第100次元》までの『アートの格付け』を持っていました。つまり世間体芸術とも言うべき表現は、理性性ではなくて、直接的な性的な生物的了解の上に成立するものであったのです。

つまり問題は17世紀から18世紀の啓蒙主義の成立そのものにあったのです。理性による思考こそが普遍であるというという主張が主流になった時代に、芸術は、理性領域に限定されてハイアートとして成立したのです。それが『アートの格付け』で言えば《超次元》から《第50次元》までの表現に限定されたものなのです。

彦坂尚嘉が問題にする《原-芸術》《芸術》《反-芸術》《非-芸術》《無-芸術》《世間体のアート》《芸術の形骸》《芸術の炎上》《芸術の崩壊》という芸術概念の梯子というものも、この理性主義の産物であると言えます。

こうした理性主義の芸術概念の梯子というものは、彦坂尚嘉の言語判定法では、普通には世間的には芸術とはみなさないような押井守監督のロボット漫画のテレビアニメにおいても、そこに芸術が存際している作品もあるという主張になります。

もちろんこういう主張は日本の社会常識では相手にされないような意見であると思いますが・・・。
その芸術概念の梯子があるテレビアニメが『機動警察パトレイバー』でありました。



このテレビアニメは、何よりも非実体的であることで驚かされたのですが、この非実態性ということと理性主義の位相をもつ芸術概念の梯子は、関連性があるのです。パトレイバーは、ロボットアニメとしては、極めて理性主義の立場で作られています。つまり「リアルロボット系」というもので、トランスフォーマーのような異世界からやって来た様な巨大ロボットものではなく、現実の20世紀中に存在した技術からさして遠くない世代の工業生産品としてのロボットデザイン追求されているのです。そしてトランスフォーマーのような宇宙からやってきた巨大ロボットが悪と戦う戦争といった《非-日常性》ではなく、現実の日本人のリアルライフに、自然に巨大ロボットが溶け込んだ情景描写理性的に行われ、それが、強いリアリティをもっているのが『機動警察パトレイバー』というアニメーションであったのです。

このテレビアニメ『機動警察パトレイバー』は、大変すぐれたアニメーションで、《原-アニメーション》《原-映画》という性格を持っています。しかし反面《キッチュ》性や、「大衆芸術」という性格を持っていないという判断を、彦坂尚嘉の言語判定法では示します。とは言っても《世間体TVアニメーション》という性格は持っています。



しかし芸術であり、しかも《超次元》から《第6400次元》まであるというこの希有のテレビアニメは、52話の予定が47話で放送中止になってしまったのです。その芸術アニメ性は、たとえば次のYouTube画像でも理解できると思うのですが。




さて、こうした押井守のロボットアニメと比較したいのは、トランスフォーマーの初期のテレビアニメ『戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー』です。これが放送されたのは日本では、1985年-86年にかけてでした。『機動警察パトレイバー』のテレビ版は、1989年~1990年ですので、トランスフォーマーを踏まえての発展形態であったとみることは出来ます。







『戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー』は、彦坂尚嘉の『アートの格付け』では《第6次元 自然領域》です。ここには芸術性はないのです。さきほど芸術概念の梯子というのは理性主義の産物であると言いましたが、この『戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー』には理性主義はなくて、荒唐無稽な《非-理性》的な物語性なのです。そこには直接性があって《キッチュ》なのです。まさに真性の大衆芸術なのです。

このテレビアニメには《原-芸術》がないだけではなくて、《原-アニメーション》《原-映画》もありません。


こうした《キッチュ》な、非-理性的な原作を踏まえて、実写映画をつくるのが、ベイ監督に与えられた任務であったのです。こうした時に、《原芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》といった芸術概念の梯子を使う事はできないのです。つまり荒唐無稽な非理性的な物語の原作において、実写映画はいかなる基盤において可能なのか、しかも理性=芸術を使わないで、しかし非理性的な映画ではなくて、理性的な映画を作り得るのか?

ベイ監督の追求は、《原-映画》というものの徹底的な追求を合理的理性的に追いかける事で、このことを、つまり理性=芸術の存在しない事を置き換えたのです。つまり《原-映画》の追求は理性的なものであるのです。この《原-映画》の理性的追求は、荒唐無稽な《キッチュ》を原作にしつつも、高度な表現を理性的に展開することを可能にしたのです。

ふたたび、ベイ監督の『トランスフォーマー』を見てください。




ここには荒唐無稽な物語が、巨額の資金を投入して造り出された理性的な映像制作によるバーチャルリアリズムとして成立しているのです。

私が興味を惹かれるのは、芸術という理性主義を放棄してもなお、映画製作には《原-映画》の追求として理性の展開が可能であるという事です。推定ですが700億円もの資金を投入して作られる映画制作が、理性的に行われない限りは無理なのです。
さて、では《原-映画》とは何か?



さて、美術の話をしましょう。ベイ監督のような、新しい表現が成立するとすれば、同じようにして、《原-美術》の追求と展開においては、芸術を放棄し得るかもしれない。では、《原-美術》の追求とは何か?

それは明日の講義のテーマであるという事になります。
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ベイ監督『トランスフォーマー』3部作の分析 - 2011.08.20 Sat

ベイ監督の『トランスフォーマー』第一作の制作費は、180億円。

彦坂尚嘉の『アートの格付け』では、《第1次元 社会的理性領域》?《第100次元》の作品でした。

《第1次元 社会的理性領域》で、しかも《第100次元》までの作品というのは、《近代》という時代の芸術の枠組みの中に収まっているものでした。

ベイ監督の『トランスフォーマー』第二作の制作費は、360億円以上。

彦坂尚嘉の『アートの格付け』では、《超次元》?《第400次元》の作品でした。

《超次元》で、しかも《第400次元》まであるということは、バーチャルリアリティの領域に拡張した映画だったのです。

ベイ監督の『トランスフォーマー』第三作の制作費は、推定700億円以上。
美術家では、これほどの大金をかけて一作を作る人はいません。

彦坂尚嘉の『アートの格付け』では、《超次元》?《第6400次元》の作品でした。
つまり、人類が到達出来る《超-多次元性》に、見事に到達した傑作映画であったのです。
しかも3D映画です。

しかし、既に前のブログで述べたように、これは日本人にはあまり好まれないように、私には見えます。
何故か? 強すぎるし、革新的すぎるし、お金がかかりすぎているし、長過ぎます。
しかし私は好きなのです。

それは《原-映画》《映画》《反-映画》《非-映画》《無-映画》《世間体の映画》《映画の形骸》《映画の炎上》《映画の崩壊》という全概念梯子が有るということです。この面白さが分からないとベイ監督の凄さは理解できないのです。つまり《芸術》なんかは無くても良い。《原-映画》の全領域の探求があれば、それはすぐれて映画なのです。
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『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』 Transformers: Dark of the Moon - 2011.08.20 Sat

トランスフォーマー3を見てきました。

3D映画で、非常にタイトに出来ていて、一見する所はたわいもないロボット映画で、お子様ランチの荒唐無稽の映画に過ぎませんが、しかし、ベイ監督は、期待を裏切らないがんばりで、抽象映画とも見える原-映画の執拗な展開を追っています。

ここには《原芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》という芸術概念の梯子は全く無いのですが、しかしだからといって《キッチュ》というものではないのです。正確には、ドラマそのものの形式は、既に述べたように荒唐無稽なロボット映画に過ぎないし、喜劇の枠組みで作っているのですが、にもかかわらず、別のものに同時になっているのです。

実際に、映画を見ると、まったく一般受けするものではない事がよく分かります。あまりにもお宅の映画であるとも言えるもので、今の日本ではヒットはしないのではないでしょうか。

映画そのものとしては《超次元》から《第6400次元》あって、彦坂尚嘉的には絶賛です。もう一度、劇場で見たいと思っています。

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グレン・グールドゴルトベルク変奏曲2 - 2011.08.19 Fri

ブレングールドは、カナダの演奏家ですが、カナダは多くのすぐれた音楽家を輩出している地域です。
グールドは、テレビ出演も多くて、そのビデオを全部私は買ってみています。

グールドは著作も多いので、その変貌を詳細に検証するのは、私には無理ですが、もっとも分かりやすい所で、示してみたいと思います。
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グレン・グールドゴルトベルク変奏曲1 - 2011.08.19 Fri



グレン・グールドはカナダのピアニストです。
バッハの演奏で時代を変えた偉大な人物です。
1932年生まれで、1983年に51歳で亡くなっています。

このバッハのゴールドベルクは、映画『羊たちの沈黙』の中に使われて有名になりました。




この晩年のゴールドベルクの演奏には、驚くべき質がありました。
それが彦坂尚嘉が言う所の《超次元》から《第6400次元》という超重層性の音楽なのです。
様態的には気体音楽です。
想像界、象徴界、現実界、サントームの重層性があります。

《芸術》というものが、近代のハイアートの枠組みから脱出して、
《超次元》から《第6400次元》までに重層的な表現へと変貌していくことを示した、
重要なピアニストが、グレン・グールドでありました。
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 - 2011.08.19 Fri

この詳しいデーターは、また、後で詳細を書きます。




百聞は一見にしかずと言いますが、被災の規模の大きさと、その片付けが5ヶ月を過ぎて6ヶ月目に入っているにもかかわらず、進んでいない様子は、衝撃的なものでした。ブログが更新出来なくて失礼しましたが、移動の厳しさと、ネット環境が悪くて、なによりも電波の無い所が多くて困りました。



8月14日(日)京都から、中川晋介、栃原比比奈、彦坂尚嘉で4時頃の京都を自動車で出て、金沢を通って新潟、そして郡山で高速を降りる。東洋健康センターで仮眠。

8月15日(月)郡山から自動車で、福島西まで高速道路を走り、そこから南相馬まで下道。南相馬の壁画の撮影。


14:30~17:00
五十嵐さんのチームが来る。
福島県南相馬市鹿島区牛河内界隈
(株式会社はりゅうウッドスタジオの芳賀沼整氏が建設する被災者仮設住宅群)
(五十嵐太郎研究室が設計した集会場建築)
(彦坂尚嘉氏が描く壁画)
  ↓
一度国道6号線,小島田交差点(南相馬市鹿島区小島田,漁船群が散乱)に降りました.

17:15~17:45
福島県南相馬市原町区大甕字酒井界隈
(福島第一原子力発電所から20km地点)
  ↓
18:00~18:30
福島県南相馬市原町区下渋佐界隈
(南相馬市沿岸部)
  ↓
20:00~20:30
宮城県仙台市青葉区一番町 ホテルパールシティ仙台
(チェックイン)
  ↓
20:30~23:15
宮城県仙台市青葉区一番町 居酒屋樽
(懇親会)
  ↓

8月16日(火)

08:30~08:45
宮城県仙台市青葉区一番町 ホテルパールシティ仙台
(出発)
  ↓
10:00~10:20
宮城県石巻市築山三丁目 釜会館界隈
  ↓
10:30~10:45
宮城県石巻市南浜町一丁目 石巻市立病院界隈
  ↓
11:00~11:20
宮城県石巻市中瀬二丁目 石ノ森萬画館界隈
  ↓
11:30~11:50
宮城県石巻市魚町二丁目 石巻市水産物地方卸売市場界隈
  ↓
12:10~12:45
宮城県石巻市流留字七勺 イオンスーパーセンター石巻東店
(昼食)
  ↓
13:30~14:00
宮城県石巻市福貴浦浜+宮城県石巻市鹿立屋敷浜
(アーキエイドのサマーキャンプでの北川啓介研究室による復興支援地区)
  ↓
15:15~16:10
宮城県牡鹿郡女川町鷲神浜 マリンパル女川界隈
  ↓
16:30~16:45
宮城県石巻市雄勝町 石巻市雄勝総合支所雄勝公民館界隈
  ↓
18:30~
宮城県牡鹿郡女川町女川浜 女川町総合運動公園
(テント村に入村・夕食・懇親会)
----
8月17日(水)
05:00~05:30
宮城県牡鹿郡女川町女川浜 女川町総合運動公園
(起床・出発)
  ↓
05:00~05:30
宮城県牡鹿郡女川町女川浜 女川町総合運動公園
(起床・出発)
  ↓
07:20~07:55
宮城県本吉郡南三陸町志津川 南三陸町役場界隈
  ↓
07:55~08:05
宮城県本吉郡南三陸町 本吉街道沿い
  ↓
09:10~09:20
宮城県気仙沼市新浜町 JR大船渡線鹿折唐桑駅界隈
  ↓
09:30~09:45
宮城県気仙沼市新浜町 気仙沼信用金庫鹿折支店界隈
  ↓
10:25~10:35
岩手県陸前高田市高田町 海と貝のミュージアム界隈
  ↓
10:40~10:50
岩手県陸前高田市高田町 陸前高田市役所勤労青少年ホーム界隈
  ↓
11:15~11:40
岩手県大船渡市盛町 リアスホール
  ↓
12:45~13:10
宮城県気仙沼市常楽 気仙沼高等学校
(Paper Publishingの藤村和成君によるダンボールの設え)
  ↓
13:25~13:55
宮城県気仙沼市字松崎五駄鱈 気仙沼市立松岩小学校体育館
(Paper Publishingの藤村和成君によるダンボールの設え)
  ↓
14:30五十嵐チームと別れて、彦坂尚嘉、栃原比比奈、中川晋介は、車で走って、途中で宮城県の山里の温泉『追分温泉』に入る。日本, 宮城県石巻市北上町女川字大峯1
+81 225-67-3209 ‎ これがすばらしい温泉で、すっかりと疲れが取れる。しばらく走って高速道路に入る。以後、藤沢まで。栃原比比奈さんを送って横浜へ。
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彦坂尚嘉の東日本大震災被災地の視察ツアー - 2011.08.18 Thu




彦坂尚嘉の建築系ラジオ 宮城・福島ツアーから昨晩帰ってきました。さすがにくたびれました。一番行ったのは、大船渡、陸前高田、石巻、雄勝、女川、南相馬等々です。この詳しいデーターは、また、後で詳細を書きます。




百聞は一見にしかずと言いますが、被災の規模の大きさと、その片付けが5ヶ月を過ぎて6ヶ月目に入っているにもかかわらず、進んでいない様子は、衝撃的なものでした。ブログが更新出来なくて失礼しましたが、移動の厳しさと、ネット環境が悪くて、なによりも電波の無い所が多くて困りました。



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建築系ラジオの東北ツアー - 2011.08.17 Wed

今朝は女川の体育館の庭にテントを張って宿泊して、眼を覚ました所です。5時起きでした。被災地そのものは、肉眼で見ると想像以上のインパクトがあって、6ヶ月目にはいっているにもかかわらず、多くの瓦礫は片付けようも無い規模の大きさで残っていました。
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8/13日の朝京都に着きました。 - 2011.08.14 Sun

こんにちは。栃原比比奈です。
このごろは、スケジュールをどう組み立てればいいのかばかりに思い悩む日々が続いています。
やらなければいけない事をするだけなのに、こんなに大変なのは、それぞれの現場があまりにも
離れすぎているためです。
日本はとても広いなあと改めて実感した10日間でした。
はっきり言って、くたくたですが、今日はこれから仙台に向かわなければ行けません。

そういうわけで、8月4日から今日(8/14)までと今日からの話を私の覚え書きとして書いておこうと思います。
写真は徐々に入れていきます。もう、新潟に行かなければいけないので。。。

続きは右下の『Read More »』をクリックしてください。

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今日また仙台に向けて出発 - 2011.08.14 Sun

この所のスケジュールを書いておきます。かなり馬鹿げたものです。

なぜに、このように動くのか? 

無意識も偶然も含めて動いているので、自覚的には良くわかりませんが、しかし定住していては駄目だという意識は強くあります。

つまり《たこ壷》にこもって、安全にして生きていても、もはや駄目な時代になってきています。一番のリアルな問題は、放射線量が垂れ流しが続いているので、今後の放射線量の蓄積の中で、多くの人が静かに一人一人の死として死んで行きます。東京の汚染処理場の放射線量は、すでに危険量をはるかに超えています。その汚染物の処理の仕方も、全く駄目なものです。

つまり《移動の自由》は、サバイバルの要件として重要な問題なのです。移動が出来ない人の死ぬ確率は増大しているのです。新しい可能性を求めて、新しい友人と出会うために、移動をして行く必要があります。今回の旅行ですばらしい土地だと思ったのは、金沢と高知です。高知は良いですね。大木裕之さんともう少し仕事を共有したいと思いました。

2011年8月4日(木) 彩流社の本の打ち合わせで、立教大学研究室で打ち合わせ。

この後、太田さんと《超次元》から《第6400次元》のイタリア料理やで生ハムのパスタを食べる。栃原比比奈さんが夕食に途中から合流。

太田丈夫、佐藤大介、栃原比比奈の3人と車で、南相馬に出発。

でこ湯に宿泊。

5日(金) 南相馬で壁画制作、高さ4m×幅10mの壁面一つを描き上げる。

?カラーテックの阿南鉄平氏による、付ききりのビデオ撮影あり。

宿泊所のでこ湯のお風呂が壊れているので、ビジネスホテルのお風呂に入る。

でこ湯に宿泊。

6日(土) 壁画制作2日目。第2面を描き上げる。阿南鉄平氏による付ききりのビデオ撮影あり。

太田と佐藤は帰る。

ライトをつけて夜遅くまでの制作。

阿南鉄平氏と一緒にビジネスホテルの銭湯に行く。でこ湯に宿泊。

7日(日)壁画制作3日目。栃原比比奈さんと2人で第3面の黄色と明灰色の画面を描き上げる。二人とも疲労困憊の中での作業。第4面の黒線も描く。阿南鉄平氏による付ききりのビデオ撮影あり。

阿南鉄平氏はこれで東京に帰る。

夜遅くまでの制作。

8日(月)壁画制作4日目。朝5時起きで、壁画制作に集中。何しろ昼から県の検査がある。

ビデオ撮影に金山氏が来る。

制作は昼直前に完成。足場の撤去はじまる。

昼飯はセブンイレブンのお弁当(内容はカレーなのだが、リゾットと書いてあった。)。

新潟に向かって車を走らせる。新潟で一泊。

9日(火)金沢21世紀美術館に3度目の訪問。相変わらずの《第6次元 自然領域》の美術のオンパレード。気持ちが悪くなる。

その後、コレクターの方の仕事場を訪問。おしゃべりをして、その後焼き肉やに誘われてごちそうになる。おいしかった。元気になる。

京都まで車を走らせて、翌実の10日の朝着く。

10日(水)夕方に中川晋介、栃原比比奈との3人で、高知に車で出発。

翌日の夜中の1時に到着。大木裕之さんと会って話す。

11日(木)さすがに疲労がひどくて、それでもよさこい祭りを見に行く。ひろめ市場で食事を昼と、夜の2回。

昼間にはビデオで『ソルト』を見る。栃原さんはおもしろがっていた。《超次元》から《第6400次元》の映画であったが、彦坂尚嘉にはつまらなくて、なぜ、つまらないのかを考えさせられた。

12日(金)高知県立牧野富太郎記念植物園に行く。

この後、大木裕之さんとのシンポジウムと映画の上映。

地元の方々と話が弾む。高知は自由民権運動の本拠地だけあって、気概の有る人々がいて、感銘を覚える。また来たいものだと思う。大木さんが何故に高知を拠点の一つとして選んだかが良くわかった。

シンポジウムが終わった晩の遅くに、つまり13日の夜中の1時に、車で京都に向かう。朝6時40分に到着。

13日(土)、ほぼ一日倒れて寝ている。

14日(日) 今日、また仙台にたつので、途中新潟で一泊します。宿屋はとれなくて、スーパー銭湯で寝て、翌朝仙台に出発します。
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《第1次元 社会的理性領域》だけの君が代 - 2011.08.13 Sat



《第1次元 社会的理性領域》だけの『君が代』です。《想像界》だけの音楽であって、決してすぐれているものではありませんが、しかしこれをうまいと賞賛する価値観が《第1次元 社会的理性領域》
であって、つまり社会という次元なのです。


次は、アメリカ国歌と日本国歌ですが、これも《第1次元 社会的理性領域》だけの歌で、《想像界》だけです。これも彦坂尚嘉的には良い歌ではないのです。



彦坂尚嘉がどれほど良くないと思っても、実は社会と言うものは、これを良しとして承認するところが基準になって成立しているもなのです。このことは彦坂尚嘉も認めるものです。つまり芸術の良いと言う基準に、こうした《第1次元 社会的理性領域》だけのものが大きくあるのです。しかし別の基準もあるということもまた事実なのです。しかし別の基準を多くの人は認めないのです。


正反対なのが、清志郎の君が代です。これは《超次元》から《第6400次元》全てがある歌ですが,しかし《第1次元 社会的理性領域》
だけが無いのです。すまりカンターカルチャーの歌なのです。これを嫌だと思う人は、たくさん居るのです。




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鬼束ちひろ という詩人 - 2011.08.13 Sat

鬼束ちひろというのは、嫌いではない。《第1次元 社会的理性領域》の歌手であるのだが、その範囲を超えようとしている。


鬼束ちひろは、彦坂尚嘉の『アートの格付け』では、《第1次元 社会的理性領域》から《第3200次元》まであるのだが、しかし《超次元》や《第6400次元》には達していない。そのことにいらだちがあって、突破しようとあがくのだ。そのあがきが好感を私に与える。
なぜに、もう一つ突破出来ないのか?

あくまでも彦坂尚嘉的な解釈に過ぎないが、鬼束ちひろの歌は、歌詞が中心にありすぎる。

《原芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》《形骸》《炎上》《崩壊》という全ての芸術概念を持っているのだが、しかし。その芸術性は、《詩》によって生まれている。

私は詩が好きだから、彼女の歌は好きだが、しかし《原音楽》がない。

鬼束ちひろの歌には、《音楽》《世間体音楽》はあるのだが、しかし《原音楽》《反音楽》《非音楽》《無音楽》がないのだ。

つまり鬼束ちひろの歌は《真性の音楽》ではない。

鬼束ちひろは音楽家ではなくて、詩人だ。つまり詩人が、朗読するように歌を歌っている。それは音楽ではなくて、詩なのだ。《原詩》《詩》《反詩》《非詩》《無詩》《世間体の詩》《形骸》《炎上》《崩壊》という全ての詩概念を持っているのだ。

詩人としてみるとき、彦坂尚嘉の『アートの格付け』では、《第1次元 社会的理性領域》から《第3200次元》の詩人なのです。ここにも限界があると言えばあるのだが、その限界が、彼女の詩を作っている。詩の内容がそのようなものであると言える。つまり鬼束ちひろの詩には、《第1次元 社会的理性領域》
がもつ自明性があって、人間存在が理想化されている意識が根底に有る。だからこのリアルな現実に対する違和感と拒絶が根本に流れている。そのことが、面白いと言えば面白いのです。
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建築系ラジオ 宮城・福島ツアー への参加 - 2011.08.13 Sat

建築系ラジオ 宮城・福島ツアー

ツアー参加者19名での開催となりました。
ただし彦坂は全員の名前は把握していません。

今朝、高知から6時40分に戻ってきたのですが、一眠りしてから、また自動車で仙台に向かいます。

京都を出て金沢を通って、新潟まで行って、新潟から福島を経由して仙台まで、自動車で約11時間です。ついこのあいだ、南相馬から新潟、金沢、京都、高知まで走って、そして今度は、高知から京都、そして仙台へと、なんともキチガイじみた往復をしています。

週明けの8月15日正午に、
JR仙台駅東口の「ファミリーマート仙台駅東口店」に全員集合して、
建築系ラジオツアーを開始します。


8月15日(月)の夜は、南相馬エリアから戻り、仙台市内の安めのホテルで宿泊、

8月16日(火)の夜は、牡鹿エリアと雄勝エリアの間でテントでキャンプ。

8月17日(水)の18:00に仙台駅に戻るチームと、8月18日(木)以降にオプションで北上するチームと、
どこかで分かれる。
彦坂チームは、オプションツアーに参加する可能性はあります。


ですと、今のところ、彦坂に分かっている参加者名簿。
----
建築系ラジオ 宮城・福島ツアー
・五十嵐太郎さん 
・南泰裕さん
・北川啓介さん
・彦坂尚嘉さん 
・天内大樹さん
・高木信彦さん
・米澤隆さん
・糸崎公朗さん
・武田友孝さん
・栃原比比奈さん 
・中川晋介さん 
・福田晃司さん
・長島隼人さん
・佐野智哉さん
・太田丈夫さん
----
という参加者となります。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

2011年8月15日(月)~17日(水)に、建築系ラジオ 宮城・福島ツアーを開催いたします。
主に、宮城県の石巻市牡鹿エリア・雄勝エリア、福島県の南相馬エリアを巡回しつつ、被災地に建築と美術に関わるものに何をすることが可能かを情報交換したいと思います。南相馬では、株式会社はりゅうウッドスタジオの芳賀沼整氏が建設する被災者仮設住宅群と、五十嵐太郎研究室が設計した集会場建築と、そこに彦坂尚嘉氏が描く壁画の工事が進行しています。未完ではありますが、これの見学と、さらに、現地の方々との交流、そして、可能な限りのボランティア活動にも参加したいと思っております。
また、建築系ラジオコアメンバーをはじめ、全国からの学生、沖縄の建築家・学生と多くの方々による交流の場となります。是非、この機会にご参加ください。(コアメンバー 北川啓介)

<参加者>
五十嵐太郎(東北大学教授)
南泰裕(国士舘大学准教授)
北川啓介(名古屋工業大学准教授)
彦坂尚嘉(立教大学特任教授)
天内大樹(國學院大学・多摩美術大学非常勤講師)
その他

<ツアー日程>
2011年8月15日(月)~17日(水)
※仙台駅での現地集合・現地解散となります。

<集合場所/日時>
JR仙台駅東口 ファミリーマート仙台駅東口店前
2011年8月15日(月)12:00

<解散場所/日時>
JR仙台駅東口 ファミリーマート仙台駅東口店前
2011年8月17日(水)18:00

<行程>
2011年8月15日(月)
12:00 JR仙台駅東口 ファミリーマート仙台駅東口店前に集合
12:15 日産レンタカーにてレンタカー2台(7人乗りと8人乗り)に乗車、自家用車1台に乗車
12:15~14:00 JR仙台駅→南相馬市
14:00~17:00 南相馬市にて、株式会社はりゅう ウッド スタジオの芳賀沼整氏が建設する被災者仮設住宅群と、五十嵐太郎研究室が設計した集会場建築と、そこに彦坂尚嘉氏が描く壁画の工事を視察する
17:00~19:00 南相馬市→JR仙台駅
19:00~19:30 ホテルパールシティ仙台にチェックイン
19:30~ 仙台市内にて懇親会
夜 ホテルパールシティ仙台にて宿泊

2011年8月16日(火)
8:00 各自、朝食
8:30~11:00 ホテルパールシティ仙台→石巻市街→牡鹿半島
11:00~16:00 牡鹿エリアにて、アーキエイドのサマーキャンプの敷地となった各浜を視察する
16:00~18:00 牡鹿半島→雄勝(予定)
18:00~20:00 雄勝エリアにて、テント張りと夕食(予定)
夜 雄勝エリアのテントにて宿泊

2011年8月17日(水)
8:00 各自、朝食
8:30~18:00 雄勝エリア→(?)→仙台市内
18:00 JR仙台駅東口 ファミリーマート仙台駅東口店前にて解散

<参加費用>
仙台駅での現地集合、現地解散のため、二泊の宿泊費、レンタカー代、高速道路代、ガソリン代、一泊目ホテル駐車場代、テントとシェラフ代などの実費を、ツアー参加者の各参加行程にあわせて割ります。
今のところ、一泊目は仙台の自宅に泊まられる五十嵐太郎さんは13000円、自家用車で動かれる彦坂尚嘉さん・栃原比比奈さん・中川晋介さんは9000円、8月16日(火)朝までご参加の太田丈夫さんは7000円、8月15日(月)夜までご参加の平野恵人さんは2750円、全行程の参加予定者の方は17500円、をエクセル上で計算して集金を予定しております。
朝食・昼食・夕食代(懇親会含む)などは、別途各自負担となります。

----

『留意事項』

・レンタカーは7人乗りと8人乗りに合計で15人で乗車します。
 テントとシェラフ一式は8月16日(火)朝にホテルでピックアップするよう手配しましたが、
 8月15日(月)もできる限り、手荷物は小さく、おもちいただけると幸いです。
 手荷物が大きい場合は、8月15日(月)の宿泊先である、ホテルパールシティ仙台にお預けの上、
 集合場所へお越しいただけると幸いです。
・上記のように、8月16日(火)の夜はテント泊を予定しています。
 3人用のテントを6張りと、1人用のシェラフを15人分、名古屋から仙台へおもちいたします。
 雄勝エリアのどのあたりで宿泊するか、できれば、運動公園などにあるテント村などで泊まれればと
 考えておりまして、最低限のテントとシェラフはおもちしますので、枕が必要とか、マットが必要とか、
 ございましたら、ご自身でおもちいただくか、私の方でできる限り探してみますので、
 北川啓介(kitagawa@kitalab.jp)までご連絡いただければと思います。
・集金は、8月15日(月)のどこかで行いますので、事前にご準備をお願いいたします。
 一応、今のところ、上記の額での集金を予定しております。
 また、少々でしょうが変動があれば、集金・返金いたします。
・当日の緊急連絡先として、北川啓介の携帯番号を記しておきます。
 北川啓介: 080-4224-4221 です。
・旅行代理店を通しておりませんで、あくまで参加者みんなで割り勘という仕組みで開催しますので、
 保険等、各自、事前準備をお願いいたします。
・8月17日(水)以降もオプションツアーとして宮城県や岩手県をまわられる方は、
 別途、ご連絡いただけましたら、ツアー本体とうまく連動しつつ、交通の手配や行程の検討など、
 進められるといいかと思います。 

----

以上となります。

それでは、
8月15日(月)12:00に、
JR仙台駅東口 ファミリーマート仙台駅東口店前にて、
お会いできること、そして、今回のツアーの道程で参加者の皆さんでいろいろと語り合えること、
楽しみにしていてください。

以上、どうぞ宜しくお願いいたします。
当日までに何かございましたら、お気軽にご返信を宜しくお願いいたします。

国立大学法人 名古屋工業大学
大学院 工学研究科 / 工学部 建築・デザイン工学科
准教授 / 名工大ラジオ局長
北川啓介
Tel/Fax: 052-735-5520
Mobile: 080-4224-4221
E-Mail: kitagawa@nitech.ac.jp
Website: http://www.kitalab.jp/



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固体の世界/高知のひろめ市場とよさこい祭り - 2011.08.12 Fri

南相馬で、4日間の壁画制作、そして新潟、金沢、京都、さらに高知と三菱の軽自動車ekワゴンで移動してきています。



高知は、大木裕之さんとの関係で、高知県立美術館で、大木裕之さんと座談会をするのと、栃原比比奈さん、中川晋介君と3人で協力してつくった13分の映画を上映します。映画の内容は実写とアニメの合成映画です。アニメはセル画ではなくて、3Dアニメです。

GUJARARU1.jpg


高知は初めて来ましたが、なかなか骨太の世界で、生き生きとしていて活気があってすごいものです。



ただ彦坂尚嘉的に言えば、固体の世界、つまり前-近代的な世界で、そこでの喜びに満ちている。つまり共同体が生きていて、そこでの一体感が生きる喜びをつくっていることが、よさこい祭りを見ると、よく分かります。


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2011 夏の高知 M・I よさこいアート祭り - 2011.08.11 Thu

こんにちは。
気体分子6400京都の中川晋介です。

 今彦坂尚嘉さん栃原比比奈さんと高知県に来ています。映像作家の大木裕之氏主催のアートイベント「2011 夏の高知 M・I よさこいアート祭り」に参加させていただけることになり、京都から車で高知県に来ました。

 大木裕之氏が中心の「アーティスト集団 M・I 」は、2000年に高知県立美術館主催のワークショップで発足したアートプロジェクトで、各々が絵画、写真、映像等、様々な事をやっている人達が集まった集団です。現在行われているよさこい祭りにも積極的に参加していて、同時に沢田マンションギャラリーroom38で展示していたり、高知県立美術館ホールで上映、ライブ、演劇、トークイベント等を行っています。今回は高知県立美術館ホールで行う企画に参加させていただく事になりました。

 日程は明日12日(金) 20:30~で、彦坂尚嘉さんが討論しますが、同時にKB6400京都として最初のアニメーション作品「Gurajaru(グッジャラール)」も上映されます。私は以前仕事で3Dアニメーションをやっていたり、現在もフォトレタッチをやっている事や、栃原さんがやっていたキャラクターデザインの経験、彦坂さんの考える映画の組み立て方等、とにかくギュウギュウに詰まったとても面白い作品になりました。近くにいらっしゃる方はどうぞよろしくお願い致します。



8/4(thu)~16(tue) 10:00~22:00
@沢田マンションギャラリーroom38
(作品展示)入場無料
彦坂尚嘉(美術)・Phenomena(写真)・ヨクナ パトーファ(写真)
泉太郎(映像)・鵜飼悠(写真)・竹田篤生(彫刻)・萩野菜々子(洋画)・北岡稔章(写真)
濱田公望(映像)・横江孝治(絵画)・キクプロジェクト(新聞)・大木裕之(建築)

8/10(wed)・8/11(thu)
チーム「M・I」よさこい祭り参加
M・Iのよさこいは振り付けも衣装も自由、いつでも参加申込OKです。
(飛び入りも大歓迎!)/参加費:8000円、一日参加5000円
「自由は土佐の山間より」の高知で、自由な表現を求めて皆でキ・ジャンプ!!

8/8日(mon)・8/12(fri) 14:00~21:00
@高知県立美術館ホール
(上映、ライブ、演劇、トークイベント)
入場料:一日券 各1500円
大木裕之上映作品
HEAVEN-6-BOX

優勝-Renaissance-
心の中
メイドオンザバルコニー

8/8 タイムテーブル(※出演者、タイムテーブルは変更になる可能性があります)

14:00~ COLLOL ワークショップ
     DJ ぷりぷり パフォーマンス 

15:00~「HEAVEN-6-BOX」上映

16:00~「優勝-Renaissance-」上映

18:00~ Kinjikiinki(from 香川) 映像ライブ
    実験(from 岡山) 即興作曲ライブ 

18:30~ IANOSS(from 徳島) ライブ

19:00~ 能勢伊勢雄 講演「ゲーテ・色彩論について」

20:30~ Ten-No.5 ライブ

21:00~ Maher Shalal Hash Baz ライブ



8/12 タイムテーブル(※出演者、タイムテーブルは変更になる可能性があります)

14:00~ ジャコバン西田 ライブ

    柴田聡子 ライブ

15:00~ 「HEAVEN-6-BOX」上映

16:00~ 「心の中」上映

17:30~ 心の中アフタートーク 内原理恵(『心の中』・プロデューサー)+田辺浩三(『心の中』・音楽プロデューサー)+大木裕之

18:30~ ズルムケ直樹 (from 京都) 一人芝居
    小倉りさ 上映

19:00~ 濱田公望 映像ライブ

19:30~ COLLOL 演劇

20:00~「メイドオンザバルコニー」上映

20:30~ 彦坂尚嘉+中山高一(中の亭オーナー)+ゲスト多数による「震災後のアート×M・I」シンポジウム

8/13(sat) 23:00~All Night
@VIVA
クラブイベント「M・I★Night」
入場料:1000円+1 Drink
DJ: DJoyknzm、DJ ピロピロ a.k.a 大木裕之 …and more
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リトル・リチャード/芸術とは何か? - 2011.08.10 Wed

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壁画制作の、外壁は終わりました。 - 2011.08.08 Mon

福島県の南相馬に入って、壁画制作をしていたのですが、宿泊所にはネット環境が無くて、ブログの更新が出来ませんで、失礼いたしました。

eモバイルを持って行っていたので、電波があればネットに接続できるのですが、宿泊所地域には電波そのものが飛んでいなくて、やりようが無かったのです。マクドナルドが、車を20分くらい走らせた所にあったので、そこでやろうとして行ったのですが、マックは閉鎖されていました。多くのチェーン店が撤退になっています。というわけで、マクドナルドからもブログ更新が出来ませんでした。

福島原発から近い地域は、撤退する企業が多いようです。南相馬市は福島原発から35キロということで、そういう状態なのです。

しかし被災者住宅の場所で、ガイガーカウンターで計測すると、都内よりやや高いくらいの放射線量でした。ですので、制作作業には不安はありませんでした。疎開している人も多いようですが、残って生活をしている方々もたくさんいます。何人かの住民の方とお話をしましたが、東京電力のお金をもらってもいない地域が大きなダメージを受けて、怒っておられました。





この一日めに書いたのは、「復活」の復の字一字です。「復」の字だけを4000号の大画面で描くというのも、贅沢な話です。

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3日の明け方に京都から藤沢に戻りました。 - 2011.08.04 Thu

こんにちは。
気体分子6400京都の栃原比比奈です。

今、藤沢のアトリエにいます。
今日の夜から仮設住宅の壁画制作のため福島県南相馬市に向かいます。
南相馬壁画の初仕事のメンバーは彦坂尚嘉、太田丈夫、佐藤大輔、そして、栃原比比奈の4名です。
中川晋介さんは、アニメーションの仕事の関係で、藤沢のアトリエで制作というスケジュールになりました。
佐藤君は多摩美出身なので、彦坂さんや私の後輩にあたるということで、知らないうちに多摩美閥誕生です。
太田さんは、アートスタディーズという勉強会の事務局長さんです。


今日は彦坂尚嘉さんがここのところ忙しすぎてブログの更新が出来ない!ので、
かわりに何か今までの日記でもいいから書いてアップしてほしいと頼まれました。
それで、今日までの報告と今日から当分のスケジュールなどなどを書いておこうと思います。

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New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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