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2011-12

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財政破綻を避けるための増税 - 2011.12.06 Tue

日本の財政破綻が現実の問題になってきたので、いよいよ消費税を10%にするという増税路線に野田首相が踏み切ってきた。国際的な信用の問題としても当然の政治姿勢と言えるのだが、そう簡単には行きそうも無い。


首相、消費税「不退転」…一体改革メド年内指示


 消費税率引き上げを巡る政府・与党の「師走攻防」が幕を開けた。

 野田首相は5日、首相官邸で自らが本部長を務める政府・与党社会保障改革本部の初会合を開き、年内をメドに税率引き上げを含む「社会保障・税一体改革」の素案取りまとめを指示した。首相は素案に税率と時期を明示すべく、先頭に立って調整に乗り出す決意だ。だが、民主党内で慎重論が強まる中、党分裂など緊迫した事態を懸念する声もあがっており、首相の指導力が問われる。

 ◆「世界が見ている」◆

 首相は改革本部でのあいさつで、関係閣僚や与党幹部を前に「年内をメドに政府・与党内で議論を深掘りして(2010年代半ばまでに税率を10%にするとした)6月の成案を具体化し、超党派での議論に付す素案を取りまとめてほしい」と述べ、「改革に不退転の決意で臨む」と言い切った。

 世界的影響が広がる欧州の財政危機も、首相を突き動かしている。あいさつでは「(日本が)財政規律を守る国かどうか、世界が見ている」とも指摘した。

(2011年12月6日03時00分 読売新聞)





野田 佳彦という政治家は、彦坂尚嘉の《言語判定法》による顔の分析では《第1次元 社会的理性領域》から《第3200次元》あって、日本の首相の中では、まともな1人だと判断します。

しかしあくまでもそれは《第1次元 社会的理性領域》という性格をもつものであって、簡単に言えば、今までの制度の継続しか考えられないという保守的な政治家であって、根本的な変革を志向する小沢一郎や橋下徹のような《超次元》から《第51200次元》までの超多層性をもった人格ではありません。

は、消費税率を安易に上げることに反対の意見を言っています。小沢一郎や橋下徹が増税反対を言うのは、根本的な変革を志向しているからでです。私も、根本的な政治変革抜きでは、現状を克服することは出来ないと考えます。つまり、消費税を上げるというような部分的な改革では、ここまで赤字を増大させ続けた政治体制を克服はできないと思います。根本的には近代国民国家そのものの臭味期限が来ているのです。

つまり増税の問題は、単なる増税が争われるのではなくて、明治維新以来の近代国民国家の根底を変えて行くという、革命の是非が争われる政治闘争という性格をもっています。

彦坂尚嘉の考えは、かなり過激で、とても多くの賛同を得られるものではありませが、まあ頭の体操と言うか、自由な発想のための刺激として、ご参考までに述べておきます。

まず、地方分権の徹底的推進して、いわゆる道州制をとる。

文部省を解体して教育権を地方に全面的にゆだねる。つまり日本の教育に地方主体の多様性を与える。
文部省を解体するなどと言うと、とんでもない意見と思うでしょうが、アメリカ合衆国には文部省はありません。つまり連邦政府は教育には口を挟まないで、各州の自由に任せているのです。ですからダーウィンの進化論を教えない州もあるなどのアメリカ国民の多様性が生まれるのです。日本人が一つの教育に均質化されて、日本主義という単一宗教になることこそが、国家神道的なものなのです。赤信号みんなで渡れば怖くないという発想が、危険なのです。日本の内部に自由に考える多様性を生み出すために、文部省を解体する必要があります。

さらには米軍基地の全廃を実現し、スイス的な永世中立国となる。スイス的な国民皆兵によって、国防をになう。この場合、男女は平等に兵役に就くという世界にも無い新しい制度を採用する。この軍制は、ハイテク兵器の現在では時代にそわないものではありますが、国民皆兵制によって、第2次世界大戦の敗戦の傷を癒す必要がある。つまり戦争と言うものを一部の専門家にゆだねるのではなくて、国民全員の参加によって国防の責任を受け止める。

憲法を改正して、情報社会の天皇制に切り替える。
つまり憲法に規定された範囲内での天皇制として、天皇による情報の発信を中心に据える形での骨董的な表現としての君主制をとる。

分かりやすく言えば、外国からお客様が来た場合、現在のようなフランス料理を出すのを止めて、日本料理にする。皇居を京都に戻して、古式豊かに牛車で外国のお客を御所におつれする。つまり文化的な化石としての天皇の姿を、世界に発信する。

東京の皇居を日本古美術の巨大美術館にする。




閑話休題、本論の財政破綻に戻ります。
日本の財政破綻と言うのは、どの程度本当なのだろうか。以下のYouTube画像は、かなりまともなものだと思う。長いし、面白くはありませんが、加藤隆俊氏と言う人物の顔は、野田 佳彦首相と同様であって、彦坂尚嘉の分析では《第1次元 社会的理性領域》から《第3200次元》あり、とりあえずは、その多層性は、ある程度信用出来ますが、すでに述べたように現状維持の保守的な思考形態の人物です。







財政破綻してどうなるのかが、実は私たちには、それほど明確なイメージで理解はできないのです。そこで大前研一の意見を紹介しておきます。大前研一の顔は、《超次元》から《第51200次元》まであって、すぐれた人物であると判定します。



わが日本の債務問題。民主党政権のバラマキ政策によって国の借金が1000兆円を超えようというところで震災と原発事故に見舞われた。財源の手当てのない「10年間で総額23兆円」の復興事業費が決定し、国家債務の対GDP比が前人未到の200%を超えるのは確実だ。

債務問題に対する国民の危機意識が薄い日本は、いわば裸の王様。いつ世界から「王様は裸だ」と言われてもおかしくない。その瞬間、日本国債は暴落する。それに続くハイパーインフレなどに対しても現実的な備えを開始しなくてはならない。

日本が財政危機に追い込まれたときに何が起きるのか。いまヨーロッパで起きていることは対岸の火事ではない。人の振り見て我が振り直せ。ギリシャやポルトガルやスペインの姿が明日の日本なのだ。
ギリシャはEUとIMF(国際通貨基金)の金融支援の見返りとして、国家予算の25%カットという厳しい財政再建策に取り組むことになった。しかし、各種増税に公務員給与と年金支給額の大幅カットという緊縮政策に対して国民が反発、各地で暴動が起きた。

ポルトガルやスペインも国家予算の25%カットの緊縮財政に取り組んでいるし、イギリスではキャメロン政権が公務員を49万人削減、一般歳出を4年間で810億ポンド(約10兆円)減らす戦後最大規模の歳出削減に挑んでいる。
これらの国でもゼネストや暴動が起きているが、それでも日本より財政状況はマシなのだ。

日本がヨーロッパ型の財政危機に陥ったら、そんなものでは済まされない。45兆円の税収しかないのに100兆円の予算を使っているのだから、予算の25%カットでも生ぬるい。バジェット(予算)のバランスを取ろうと思えば、歳出を半減し、税金を倍増しなければならない。

それはつまり、政府のサービスが半分になるということだ。週2回来てくれていた介護サービスが週1回になり、子供が通う学校が遠くになるかもしれない。皆で節電してこの夏を乗り切った日本人だから「まあ仕方がない」と思うかもしれないが、そこから先は我慢できない領域に入ってくる。

財政危機の第1幕がバジェットカットなら、第2幕は「ハイパーインフレ」だ。日本の国債がデフォルトするか、デフォルトに近い状態になったら、ハイパーインフレが必ずやってくる。

過去に財政破綻でハイパーインフレに見舞われた国は数多い。この20年でもアルゼンチン、ブラジル、ロシア、トルコ、スロベニア……私はそれらの国のハイパーインフレを全部見てきたが、物の値段にゼロが5つも6つも増えていく様は凄まじかった。スロベニアでは封筒に郵便切手を貼るスペースがなくなるほどだったし、おかわりした2杯目のコーヒーの値段がもう上がってしまっていたほどだ。

ハイパーインフレにどう備えるべきか、3つだけアドバイスしておこう。
1つ目は、「銀行預金は避ける」こと。預金が紙屑になるのがハイパーインフレだ。預金している間に価値が100分の1、1000分の1になってしまう。タンス預金も同じこと。一番いいのは外貨を分散してタンス預金しておくことだ。

2つ目は、「カネをモノに替える」こと。インフレではモノの価値が相対的に上がる。史上最高値を更新している「金」もいいが、キャッシュフローを生むような「不動産」も必ず上がる。それから「株」。会社が生み出す富はインフレのときには価値が上がっていく。インフレでひっくり返るような会社の株はダメだが、たとえばコンシューマー関係でグローバル化して生き残れる会社の株ならOKだ。

そして3つ目は、「自分に投資する」こと。腕力でも知力でもスキルでも、余人をもって代えがたい能力があれば必ず価値が高まる。日本がひっくり返ったら、まずは当面、世界に飛び出して稼げるぐらいの能力を身につけること。これがインフレに一番強い。

【情報出典】警告!世界経済を吹き飛ばす「四大地雷原」大前研一の日本のカラクリ プレジデント 2011年10.3号

http://president.jp.reuters.com/article/2011/09/20/B4E08966-DCFC-11E0-9FC0-052A3F99CD51-1.php


日本の財政破綻そのものが起きないと信じる意見もネット上にはかなりありますが、アルゼンチン、ブラジル、ロシア、トルコ、スロベニア、そしてギリシア、ポルトガル、スペイン、イギリスで起きたような事態は、日本でも起きると私は思います。

それは絶対に安全と言った日本の原発が事故を起こした事と似ています。

日本は特別で財政破綻はしないと信じる人々がいくら多くても、原発事故同様に、日本の財政は破綻するでしょう。

その中で、日本は否応も無く変化を起こします。

同様に日本美術も変化を起こすのです。それが2010年代という時代に起きるのではないでしょうか。










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ラカンと美術読書会/芸術の演習(1) - 2011.12.03 Sat


太田丈夫さんが言っている集合論の「Aバー」というのは、
A」、あるいは「A」(本当は線がAの上に書くのですが)と書きますが、
全体集合Uのうち,集合Aを取り除いた残りの部分をAの補集合といいで表わします。

こういう書き方をすると、ラカンが使う数学用語や、難解な図解/図式を連想しますが、この動画は、ラカンの読書会のものですので、こういう言い方は、ラカン的なものです。

しかし、私は、ラカンのこうした数学や図式に関しては懐疑的ではありますので、この「Aバー」と言う意味に正確に重なるものとして、芸術の非実態性という性格を言うつもりもありません。しかしにもかかわらず、芸術の性格の一つを理解するのに「Aバー」の比喩はある程度有効だと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



これから名古屋に向かって走り出します。
名古屋でポロック展を見て、山田幸司さんの遺作出版のパーティに出て、それから京都に行きます。
今、アップした続きは、京都からアップします。

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橋下徹、松井一郎 市長・府知事選後会見(1~12) - 2011.12.01 Thu

南相馬へ行っていた関係で、反応が遅れましたが、書きます。

橋下徹らの維新の会が大阪のダブル選挙を勝利しました。

私は、橋下徹に共感していたし、支持していたからこそ、用心深くなっていて、落選の可能性も考えて、このブログにも危惧を書きました。しかしこの心配が杞憂に終わったことは喜ぶべきものです。



それは私が小沢一郎を支持してきた事に似ています。小沢一郎をめぐる多くの失望は、一つはアメリカを敵にしたことからの攻撃の激化故ですが、もう一つは小沢自身の内部にもその限界はあったのです。それに比べると橋下徹の賢明さは、優れているように見えます。このブログにペーストしたYouTube画像が示しているように、とりあえず国政には参加しないという橋下徹の姿勢は正しいものです。



現在、世界的に拡大している国家信用危機は、各国の財政が大量の赤字を抱えてきている故のものです。この赤字は何によって生まれ、そして拡大してきたのか?
近代国家=国民国家という大きな枠組みが、制度的に賞味期限を過ぎてしまったのです。大量の官僚たちの支配と、彼らの《怠惰》《怯懦》《惰性》が積み重なって、しかも金を大量に無意味にばらまき垂れ流す愚かな政策が、日本だけではなくて、ヨーロッパでもアメリカでも、そして中国でも展開して、世界中が危険な水位になって来ているのです。その根底には、近代国民国家というシステムの制度疲労があるのです。

ですから大阪地域に執着する維新の会というのは、単なる地方政党というものでは無くて、国民国家の枠組みを解体する攻撃性のある、新しい勢力の登場なのです。



私が良いと思う政治家は、日本社会に作動している《日本主義》は弾圧してくるのですが、それは日本の官僚制度やアメリカ支配を敵にまわすからなのですが、しかしもっと根深い日本の内部にある停滞、それは《怠惰》《怯懦》《惰性》という3大ダのアジア的な国民国家の停滞が生み出しているものなのです。

こうした《怠惰》《怯懦》《惰性》という近代国民国家の日本主義がいつから生まれたのか?ということを考えると、それは近いところでは1990年代の失われた10年から、内向きになった日本社会の、リスクを避けようとする姿勢が生み出したように思います。
これについては『リスクに背を向ける日本人 』(講談社現代新書)という本がよく分析していました。




しかし歴史をさかのぼると、戦後の日本社会というのは、実は戦前の1940年代にできたシステムで作動してきたものだという分析に突き当たります。それが野口悠紀夫の『1940年体制』という本でした。

私自身がアートスタディーズという勉強会で、追及してきたことも、20世紀という区分で日本を見ることでした。つまり戦前戦後という2つの区分で見るのでは無くて、戦前戦後を連続して歴史としてみた時に出現してくる近代国民国家としての日本社会の構造と、そこにおける日本的な感性の問題でした。




詳細な分析をはぶいて、結論だけを言えば、大きなターニングポイントは1935年の「国体明徴声明」に有ったと思います。それは明治維新の時期の文明開化による、欧米の社会の模倣から始まった近代国民国家としての日本社会が、近代化を進めていたかのように見えて、その模倣の近代化を、次第に崩して、本来の原始的な呪術的なる《日本主義》に押し戻すことによって、原始国民国家としての一つの有機体として統合された社会を作り出した。つまり大政翼賛会的なるものとしての《日本》の出現です。そこには統合された統一性への圧力があって、多様性が抑圧される構造が作動しているのです。

これを実質的に成立させたものは、内務省を中心に展開された大政翼賛会の組織化でした。この内務省は敗戦時に米軍によって解体されたのですが、その官僚たちは実は復活していて、戦後のレッドパージの時に戦後官僚組織の中に再吸収されたのです。

わかりやすく言えばファシズムという全体主義の構造が、《日本主義》の内実なのですが、これが西欧の近代国家を模倣して始まって、それを原始的なものへ退化させることで完成するという婆娑羅(ばさら)の過程をたどったのです。

婆娑羅(ばさら)については、上林澄雄の『日本反文化の伝統―流行性集団舞踊狂の発生根拠としての 』(エナージ叢書 1973年)が優れています。






論証抜きの走り書きで、このような日本社会の輪郭を書かれても、多くの読者には納得はいかないでしょうが、彦坂尚嘉という一人の美術家が、日本社会というものを対象化して向き合う努力は、それなりの犠牲に上に展開してきています。このような思考や対象化の作業は、ほとんどの日本人は嫌うからです。しかし絵画というものは、こうした自己の存在する社会を対象化する努力によって成立するものなのです。つまり一つの社会の中で、インサイダーとして自己形成していくことでは無くて、アウトサイダーとして自覚的にも自己形成していかないと、絵画は描き得ない。優れた画家に見られる透徹性というものは、そういうものなのです。

もっとも社会的に成功したアーティストというのは逆であって、インサイダーとして自己形成していくアーティストです。ヨーロッパで言えば、ティツアーのであり、ミケランジェロです。社会的な成功を追っていけば、絵画はペンキ絵になります。ティツアーもミケランジェロも、絵画としては《第6次元 自明性領域》のペンキ絵なのです。



話をもどすと、吉本隆明が繰り返し問題にしたアジア的な停滞というのは、彦坂尚嘉的には、この大政翼賛会的な、日本社会の統合性、統一性なのです。

私は、一つの社会というのは、もっと多様性を認め、ばらばらな自由を許容した方が活力有る社会になると思います。

「赤信号みんなで渡れば怖くない」というビートたけし的な統合性は、日本社会を停滞と保守の中に沈めるということに結果するのです。それはカルト的な集団自殺に結果します。

アメリカとの戦争という太平洋戦争というものは、日本が国家神道というカルト宗教集団化した結果の集団自殺の行為であったのです。

敗戦では、しかし天皇は拘束もされなかったし、死刑にもなりませんでした。国体は護持されたのです。そして戦後の日本は、現在も天皇制を継続しています。それは国家神道というものを、ネガティブにではありますが現在も継続していると、私には見えます。

その信仰形態が、日本の原発は安全であると盲目的に信じる結果になっていたのではないでしょうか。

つまり原発安全神話に見られる意識の狭さこそが、戦後の国家神道と言えます。実際に、原発をアメリカから導入して、それを絶対に安全として推し進めたのは、戦前の内務省特高警察にいた読売新聞の正力松太郎でした。

内務省というのは、国家神道をつかさどる役所でしたから、この正力の原発をめぐる謀略のすごさというのは、実は国家神道の形成と地下水のようにつながっている力であったのです。




さて、歴史的に形成された、近代日本の原始化である婆娑羅の《日本主義》を破壊する必要があるというのが、現在の情報革命なのです。情報革命を受け入れようとすれば、もっと多様な活力を認めないと、日本の中から世界に通用する発明発見も、芸術も、そして外交のできる政治家も生み出せないでしょう。

そういう時に、橋下徹の出現は、日本の未来への可能性を切り開くものでした。
今回の選挙は、革命的であったのです。
2010年代というのは、変動の時代なのです。
大阪都構想は、名古屋に、新潟へと拡大して、平成維新は現実化への歩みを始めたのです。

それは同時に日本の美術の変動をも招くでしょう。









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ようやく立ち直ってきました - 2011.12.01 Thu

疲労の中を、福島の南相馬まで走ったのはこたえました。
26日の夜7時に出て、27日の午前3時くらいに着いて、仮眠してワークショップに出て、夜5時30分に五十嵐さんたちと別れて、また軽自動車で帰って来ました。

福島原発の事故があるので、常磐自動車道が使えないので、東北自動車道で上がって福島西で降りて115号線で南相馬市まで行きます。距離にして片道で400キロあります。走るだけで7時間ですが、これを軽自動車で、一番スピードを出しているのが130キロで往復したのです。さすがに疲労困憊しました。急いで帰らなければならなかったのは、翌日の予定があったからです。

翌日の28日には、アートスタディーズの全体シンポジウムの2回目をやりました。

まあ、こなしたのですが、その後、さすがに良く眠りました。




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プロフィール

New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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