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2011-12

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《群れ》/人格の大きさをめぐって(2) - 2011.12.31 Sat

日本の村社会の基礎にあるのは複数の《群れ》です。

ですから《群れ》の人格というのも、小さな心的な領域なのですが、《孤児》に比べれば大きくて、この数も非常に多いのです。

《孤児》
《孤児》


《群れ》
《群れ》

《群れ》という心的な大きさを理解してもらうために、首相を上げると、竹下登、福田康夫、そして鳩山由紀夫です。

竹下登
竹下登の心的な大きさは《群れ》

福田康夫
福田康夫の心的な大きさは《群れ》

鳩山由紀夫
鳩山由紀夫の心的な大きさは《群れ》

鳩山由紀夫の政治は、非常に評判の悪いもので、塩野七生に「日本の悪夢」と言われています。
彦坂的に見れば、それは《群れ》という小さな心性を持つ人格の人を、近代国家であるはずの日本の首相に据えたことにあるのです。
《群れ》ですから、せいぜい上野の猿山の大将が適任であったのです。

《群れ》の人には、《想像界》《象徴界》《現実界》の3界があります。それは《孤児》の人には《想像界》しかなかったことと比較すると、ずいぶんと違っていて、まともになっていいます。

《群れ》の人々は、しかし《第6次元 自明性領域》だけの単層の精神性しかありません。その意味で単純ではありますが、同時に安定しています。

鳩山・福田・竹下
《群れ》の心的空間を持つ日本の首相3人
 

《群れ》のロックの音楽家というと、その代表は宇崎竜童です。




イミテーション・ゴールド 宇崎竜童 投稿者 mimirin0111
宇崎竜童の音楽の心的大きさは《群れ》 

美術で言うと、開発好明です。
この人の不思議な低いクオリティの現代美術というのは、《群れ》の心的空間で作られていると、彦坂尚嘉の言語判定法では判定します。

578027588.jpg

開発好明
開発好明の作品の心的空間は《群れ》


《群れ》というのは、もともと猿の群れとか、自然採取段階の原始生活をしている人間の《群れ》ですから、原始美術のようなラフさとか、等身大感覚のクオリティに満ちているのです。《孤児》にあった不自然さは消えるのですが、《群れ》にはクオリティの低い自然さがあるのです。

 開発さんの作品が何であるのか? というのは、私にも謎であったのですが、《群れ》であるというのは、現代の美術を、自然採取段階に押し戻して、ある種の退化性の中で成立させていると言うことになります。

《群れ》そのものは始原性のある人間の意識空間ですが、現在の日本は、グローバル化に対して、その反対の《群れ》化や、《村》化という小さな空間に退化したり縮小化することで、身を守ろうとしているのです。

国際的な進歩に、もはや日本はついて行けなくて、日本全体が退化していこうそしているのだと思います。そういう時代の現代美術を体現しているのが開発好明さんではないでしょうか。


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《孤児》/人格の大きさをめぐって(1)東條英機と菅直人(加筆2) - 2011.12.31 Sat

芸術とは何か? をめぐって追及することは、実は文明とか、人間に対する認識を含んでいて、想像以上に難しい事でした。

人間の心の中は、鏡の世界のようであって、その鏡も一枚ではなくて、合わせ鏡で、3面鏡や4面鏡になっているのです。
つまり心の中にある複数の鏡が鏡がお互いを映すので、複雑に組み合わさって、まるで鏡の地獄のように深い構造をつくります。

 一人の人間の中に何枚の鏡があるのかというと、それは人によって違います。ジャック・ラカンは、人間には《想像界》《象徴界》《現実界》という三つの精神領域があると言っていますが、これが彦坂尚嘉が言う鏡面です。

 つまり《想像界》の鏡面は、外部をイメージだけで映す鏡なのです。

 《象徴界》というのは、外部世界を、言語だけで映し出します。もっともこれは正確な言い方ではありません。《象徴界》の鏡で映し出すと言うことが、もうちょっと複雑で、なかなか説明できません。美術や建築作品では《質の善し悪し》を示していますが、その質というものがなんであるのかが、かなりむずかしいのです。
 
 わかりやすい例で言うと、安藤忠雄は、《想像界》と《現実界》では超一流の建築家ですが、《象徴界》では《第8次元 信仰領域》の建築家と、彦坂尚嘉の言語判定法では出るのです。つまり彦坂尚嘉の言語判定法で見ると、安藤忠雄は8流の建築家に過ぎないと見えます。
 
 話がずれましたが、もう一枚の鏡が《現実界》ですが、この言葉が指し示しているものが、一番むずかしいです。ラカンの用語としてもむずかしくて、普通の言葉で「現実」と言っているものは、すべて《想像界》です。
 ニューヨークのツインタワーに飛行機が突っ込んで、さらにビルが崩壊しましたが、ああいう想定外の現実の出現が《現実界》であるとラカンは言っています。今回の東日本大震災によって出現したものの《現実界》であったのです。

 彦坂尚嘉が言っている《現実界》は、ラカンの言うものよりもさらにむずかしいものです。たとえば建築作品を見たときに、《現実界》というのは図面の線で描かれた世界です。実際の建築を見ていても、建築家の眼は、図面でその建築を見ています。絵画の場合も、閉じられた黒い輪郭線だけで描かれたものが、《現実界》です。つまり普通の意味で現実というだろうキャンバスや絵の具という物質の事ではありません。
 
 この《想像界》《象徴界》《現実界》という性格の異なる3面鏡が、お互いを映しあって鏡の地獄の仮想世界を作り出すのです。今日ではさらに《サントーム》という第四の鏡が登場しています。
 
 しかしすべての人に3界や4界があるのではないのです。人類史で言うと原始社会では《想像界》しかありませんでした。それは原始社会が残した美術作品を言語判定方で測定することで分かります。《想像界》だけしか無い場合には、複数の鏡が無いので、外部世界を映しだしても、複雑に映り込んでは行きませんので単層なのです。しかし原始美術を彦坂尚嘉の言語判定法で見ると《超次元》~《第6400次元》までのすごい数の世界です。この複雑性はなんなのでしょうか? 《想像界》というもの自体が、最初から複数の鏡で出来ていたのだと考えられます。
 
 エジプト美術になると《象徴界》だけになり、しかも《第1次元 社会的理性領域》だけの単層の美術が圧倒的な数になります(例外的に《超次元》~《第6400次元》の美術もあります)。なぜにエジプトになると《象徴界》が登場するのかというのは、書き言葉による記録の登場が大きいのだと思います。

 《現実界》が登場するのは、日本美術史でいうと鎌倉時代の運慶の仁王像です。西洋美術史ですとルネッサンスのレオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロの美術からです。
 
 つまり《想像界》《象徴界》《現実界》というものは、人類史の中で次第に登場してきたものであったのです。それだからだと思いますが、現在でも《想像界》だけしかない人々がいます。さらには《現実界》だけしかないように言語判定法では見える人もいます。


この人間の心的な大きさも、人によって、その鏡像世界の大きさに違いがあるのです。

この人間の心的な世界の大きさを、Photshopでつくることに挑戦してみました。

まず、日本の中にかなりたくさんいる《孤児》という、小さな人格の大きさです。

《孤児》
《孤児》

《孤児》の人は、想像以上に日本社会の中心部にいます。
彦坂尚嘉の言語判定法というのは、この「孤児」という言葉を、投げかけて探すのですが、たとえば、東條英機は、この《孤児》の大きさの人格でした。

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東條英機の心的世界の大きさは《孤児》

この東條英機の表情にある後ろに引いた感覚が、人格の小ささを示しています。《孤児》というのは、猿の群れで言えば、《離れ猿》なのですが、日本社会は、実は良く言われるように「村社会」ですので、《村》というのは、複数の《群れ》の集合なのですが、この集合体が、お互いに足の引っ張り合いをしている嫉妬関係の強い絆で結びついているために、強いリーダーを上に頂くことが出来ない構造なのです。だから離れ猿の《孤児》を、トップに据えて、御神輿(おみこし)に乗せるのです。

東條英機は、日本とアメリカの軍事力の差が、3000倍もあって非常に大きいと言うことを理解しないで戦争に動いていますが、このように全体の広がりや深さを把握しないで、非常に表面的な部分性だけに集中して動くという行動的な特徴があります。

《孤児》の人の人格は、心的な空間が小さいと言うだけではなくて、《想像界》だけしかない人格なのです。しかも《第6次元 自明性領域》だけの単層しかない人格です。


菅直人前首相の人格の大きさも《孤児》でした。

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菅直人前首相の心的世界の大きさは《孤児》

菅直人は小沢一郎の追い落としにすごい集中力を示しましたが、小沢一郎のようにグローバルな大きな人格を持つ人に対して、それを排除しようとする傾向は、他の領域でも見られます。

日本の敗戦を生み出したのは東條英機でしたが、日本の第二の敗戦を生み出した菅直人も、東條とよく似た人格の大きさを持っていたのです。二人のまなざしの小ささは、どこか似ていると見えるのは私だけでしょうか。

東條と菅
菅と東條

日本の社会というのは、おうおうにして、こうした《孤児》をトップに据えるのです。ですから《孤児》という小さな心的大きさを持つ人々は、奇妙にニセの社会性を持っています。つまり上手くすれば偉くなって、社会の御神輿に座って、トップの地位に就けるかもしれないからです。

加筆しますと、トップに立った《孤児》が大きな被害を出したれいとして東京電力の会長・勝俣恒久がいます。

勝俣 恒久
勝俣恒久の心的な大きさは《孤児》

勝俣恒久も彦坂尚嘉の言語判定法で、《孤児》と言う言葉を投げかけると反応がとれるということで見つけたのですが、もともと原発事故の時のニュースで「カミソリ」という異名をもって、恐れられたという報道と、その顔つきの異常さが印象的で、気になっていたのです。

もう一人追加しますと、オウム真理教の教祖・麻原彰晃です。

麻原

麻原彰晃

トップが、優れた人物では無くて、無能力で、社会性も、人格力も無い人であるというところが、日本社会の特徴なのです。
ですから、橋下徹のような、変革をめざす、心的領域がグローバルで大きい政治家に対しては「独裁者だ!」と非難して、追い落としをはかろうとするのです。

大きな人物を嫌うという日本社会の構造は、島国根性と言われるものだと思いますが、この民族の避けがたい構造のように思えます。

それゆえでしょうか、実は日本の芸術家には、この《孤児》の心的な大きさを持つ作家が多くいて、高い評価を得ています。その作品が本当に優れている芸術であるとは、私にはどうしても思えないのですが、そうしたものを日本人は好むのです。

音楽家で一人上げると、矢沢永吉です。
この人のニセの歌唱が、《孤児》の表現の本質を示しています。
アメリカのジョンソン大統領は「偉大な国家は、偉大な芸術を持つ」と1965年に出した宣言で署名していますが、日本は「偉大な芸術」ではなくて《矮小な芸術》を志向しているかのようです。矢沢永吉の歌には、そうした《矮小な芸術》に耽溺する自己陶酔があります。



日本の現代美術で、この矢沢永吉的な自己陶酔性と矮小さを持つ《孤児》の美術を上げるとすると、その代表は、岡本太郎の絵画でしょう。



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岡本太郎の心的な大きさは《孤児》
 
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岡本太郎作品の心的な大きさは《孤児》

岡本太郎の残したビデオを見ると、不自然なほどに演技していることが見えます。この演技性というのものとか、不自然性というのが、《孤児》の表現の特徴としてあります。



この矢沢永吉と、岡本太郎的な《矮小な芸術》を日本の芸術の避けがたい問題として引き受けながら、どのようにこの限界を突破するのか?
という課題が、私のこの文章の目的なのです。










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3.11万葉集 - 2011.12.30 Fri

南相馬に和歌の塔=復活の塔が建ったのが契機で、
『3.11まんようシュー/福島・復活の塔』という単行本が、
彩流社から出ることが決まった。

そのプランを急遽つくるので、完全徹夜をする羽目になった。
詳しくは、近いうちのお知らせします。

65歳で、完全徹夜をして、電車でうたた寝だけで、また長時間の編集会議に出て、さらに下北沢にブロンドオンブロンドという古着屋さんに行って、一緒に酒を飲むという、楽しいことをやると、さすがにバテます。ここで買った帽子の話も、近いうちに書きたく思います。

それと《孤児》の話ですが、この後も《孤児》を沢山見つけています。しかし美術家や詩人を問題にして、その心的空間を《孤児》という指摘をするのは、芸術批評として可能だと思いますが、それ以外の人を顔だけを見て言うことは、さすがにまずいと思いますので、書けません、しかし重要な事は、日本社会の構造は、《孤児》性でd3枝来ているのです。わかりやすいところでは、東條英機という人の心的空間の大きさは、彦坂尚嘉の言語判定法では《孤児》であると出ます。《孤児》によって、日本は世界の中で孤立して、国際連盟を脱退して、3000倍も戦力に差のあるアメリカとの戦争にのめり込んで行ったのです。
というわけで、《孤児》を含む人間の心的領域の大きさを示す画像を、Photshopでつくっていますので、近いうちにお見せしたいと思っています。
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《孤児》化と、公共性の喪失 - 2011.12.27 Tue

このところ、笹山直規さんとメールのやりとりをしていて、死の問題や、自動車事故や航空機事故という問題を取り上げて描いている笹山さんの絵画の公共性の問題で、芸術の公共性を問題にする思考は飛躍的に厳密化が進んだのですが、しかしそれを多くの人に分かる文章や画像にしようとすると、なかなかわかりにくくて、できなくなっています。

笹山さんの取り上げる主題には公共性があるはずなのですが、作品そのものは、公共性が無いと、彦坂尚嘉の言語判定法では出ます。それはjenny savilleでも同様です。

わかりやすいところで書くと、笹山さんの絵画は一生懸命に描いておられるし、私は基本としてはその中の良い作品は評価しますが、空間が小さくて、彦坂尚嘉が言うところの《孤児》なのです。作品の実際の大きさではではなくて、作品を成立させている心の中の空間の大きさです。心的空間の大きさが、一番小さいものが《孤児》です。
 jenny savilleでも同様で、その作品の心的空間は《孤児》です。

ご参考までに彦坂が考える人間の心的空間をあげると、《孤児》、《群れ》、《村》、《古代帝国》、《近代国家》、《グローバル》、《宇宙》、宇宙ー外》と大きくなっていきます。

猿で考えると、普通には自然の猿は《群れ》を生きています。《群れ》から離れた孤独な猿が「離れ猿」です。ですから《孤児》と呼んでいる心的空間の大きさというのは「離れ猿」のそれとも考えられます。

《孤児》であるからといって悪いわけではありません。たとえば写真家の森山大道さんの空間の大きさは《孤児》です。もっとあげますと、ギュスターヴ・モローの絵画空間が《孤児》です。

日本の現代アーティストには《孤児》は多くて、やなぎみわ、会田誠、内藤礼、松井冬子、できやよい、小谷元彦、の作品の心的空間は《孤児》の小ささを示しています。

It君も《孤児》です。
最近発見したのは、谷川俊太郎の心的空間が《孤児》です。サトウハチロウという昔の詩人も《孤児》です。寺山修司も《孤児》です。角川春樹も《孤児》です。こういうと詩人はすべて《孤児》の心的空間に生きているように思われるかもしれませんが、そうではなくて茨城のり子や、八木重吉は《宇宙》の大きさがあります。私はこの《宇宙》規模の大きな心的空間を持つ表現者の方が好きです。

こう見ると、実は《孤児》の小さな空間性のアーティストと、前回の《公共性》の無いアーティストの名前が全く重なっていることに、気がつくでしょう。

簡単に言うと、心的な空間の大きさが小さいと、実は公共性が、本質的には成立していないと言えます。つまり公共性の成立自身が、近代の《国民国家》においてだからです。

奈良美智の作品の心的空間の大きさは《村》ですから、今日のアートの空間性では無くて、昔の古い農村の様な人間関係の中を生きている人の作品であると判断します。そういう意味では現代アートではないと私は考えますが、実はこの《孤児》《群れ》《村》という小さな空間への退化というのは、近代国家が終わって、グローバリゼーションでもって、私たちの空間が拡大したために起きているのです。束芋も《村》です。伊藤存も《村》です。

とは言っても、谷川俊太郎のデビューはグローバリゼーションの前ですから、《孤児》というのは、もっと前からあったと考えられます。しかし現在のグローバリゼーションによって、空間の拡大は、同時に空間の縮小化を招いているのです。

つまりグローバリゼーションで空間が拡大したときに、進歩があれば退化がある。空間が拡張すると、反動として空間の縮小が起きるという事態が起きているのです。

草間弥生の作品の心的な大きさは《近代国家》です、李禹煥、杉本博司、岡崎乾二郎も《近代国家》の大きさの心的空間です。

今日の私たちが生きている空間は、少なくとも《グローバル》な状況を生きているので、《グローバル》な空間性を有する作家を今日の同時代性のあるアーティストであると考えます。ですから、たとえばジェフ・クーンズ や、ダミアン・ハーストは、その作品空間が《グローバル》なので、今日のアーティストとして存在していると考えます。村上隆もO JUN も、《グローバル》です。だからから良いのですが、このグローバルの空間への膨張が同時に、《孤児》や《群れ》《村》への空間の縮小化をも、反動として生み出しているのです。


大きく言うと、ある時期から、現在の近代文明が変貌してきて、近代社会を形成してきていいた《公共性》というものが、グローバル化していく時代の中で衰弱してきて、べつのものに変貌してきたいるのです。そのことをとらえた本がネグリ/ハートの『帝国』という本が示しています。。それが「芸術」にも大きな影響を与え、「批評」も不要な状態になって来ているのです。
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第49回「ラカンと美術読書会」のご案内 - 2011.12.27 Tue

皆様

ラカンと美術読書会連絡係りの加藤 力と申します。
ご案内させていただきます
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
第49回「ラカンと美術読書会」のご案内

日時1月6日(金)18時30分 ~ 2時間程度
場所 立教大学(池袋) 6号館 6106研究室

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ラカンと美術読書会」とは下記の2人が共催する読書会です。

彦坂尚嘉(日本ラカン協会幹事、立教大学大学院特任教授、日本建築学会会員、

美術家)
武田友孝(元・東京スタデオ、インデペンデント・キュレーター)

ラカン『無意識の形成物〈下〉』と、
月代わりで選出される美術本の読書会です。

2007年8月より月一回のペースで開かれています。
ごくごく初歩的な読書会で何方でも参加できます。
どうぞお気軽にご参加下さい。

テキスト
◎ラカンは『無意識の形成物〈下〉』 (岩波書店)
●美術はハーバーマス『近代未完のプロジェクト』(岩波現代文庫)

  参加費 無料(コピー代のみ実費で頂きたくお願いいたします)
テキストは特に準備なさらなくても、こちらでコピーを用意いたします。

※ 研究会は夕食時に重なりますので、
  各自はあらかじめ軽食や飲み物を 
  適当に用意して来て頂ければ幸いです。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
立教大学への一番楽な道

池袋駅西口方面へ
西口の階段は登らずに、
地下商店街の通路を歩きC3出口から立教通りへ
駅から歩いて行くと、左手に立教大学の正面のツタの生えたたてものの
正門が見えます。
右手にも、立教大学の門があります。
それを通り過ぎて、最初の小さな道を右に曲がると、
左手に6号館の建物の門があります。
建物に入ると守衛の部屋があるので彦坂の所に行くと言って下さい。
研究室は6号館の6106です。

分からなければ、彦坂の携帯に電話して下さい。
090-1040-1445
研究室の電話
03-3985-6106

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
詳しい行き方は以下よりお願いします
立教大学のサイト
http://www.rikkyo.ac.jp/
一番上のバーに交通アクセスがあります。

ページ中程に池袋キャンバスへの道順が、あります。
http://www.rikkyo.ac.jp/access/pmap/ikebukuro.html

キャンバスマップがあります。
http://www.rikkyo.ac.jp/access/ikebukuro/index.html
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
申込・問合せ先:加藤 力(美術家、臨床美術士)
           E-mail:sp5g7d99@axel.ocn.ne.jp          
           FAX:0467-48-5667
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公共性の喪失について - 2011.12.26 Mon

このところ、死の問題や、公共性の問題で、芸術に関する思考は飛躍的に進んだのですが、しかしそれを文章にしようとすると、なかなか大変すぎてできなくなっています。

大きく言うと、ある時期から、現在の近代文明が変貌してきて、近代社会を形成してきている《公共性》というものが、衰弱してきたのです。それが「芸術」にも大きな影響を与え、「批評」も不要な状態になって来ているのです。

それは同時に《死》の問題をはらんでいて、もともと文明はエジプトのピラミッドの中の絵画は、お墓のための絵画であるように、《死》と密接にからんで成立していたものでした。しかし文明の《公共性》が失われてくると、芸術は私的なものになってきて、このお墓や《死》の問題を見なくなってくるようになります。

もう少し丁寧に言うと、公共性という構造が転換したようなのです。

リチャード・セネットが『公共性の喪失』という本で指摘しているのは、公共性の喪失が実はもっと前からはじまっていると言うことです。19世紀に万人にひらかれた公共性をもとめて近代市民社会が成立し、それまで生活のなかに歴然とあった公的領域が、個人や家族関係を軸とする私的領域にとってかわられたというのです。

そういう状況が、芸術にわたるあらゆる問題を、個人の心理の問題として測るようなものへと変貌させて、観客と芸術かを分離させて、芸術至上主義が登場してくると言うのです。

それでも近代というのは、国民文化であって、国民絵画を成立させるものとして画家は絵を描くという面を持っていたのです。

話を飛ばして現在について言っても、たとえば村上隆さんの絵画や彫刻には、彦坂尚嘉の言語判定法でみると《公共性》があります。ところが奈良美智さんには《公共性》は無くなっているのです。

小山登美夫ギャラリーの作家を言語判定法でチェックしてみると、思ったよりも多くの作家が《公共性》を持っていて、次の作家が《公共性》を喪失している表現です。
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ブロマガって何?

金正恩(キム・ジョンウン)権力基盤に弱さも  - 2011.12.24 Sat

昨晩は、NHKの報道番組で北朝鮮の情勢を見ていたのですが、金正日の権力掌握のプロセスは、かなりの時間と努力を費やしている。
 今回の息子の金正恩(キム・ジョンウン)への権力譲渡は、短時間であったので、なかなか難しい事だと思った。

 北朝鮮の支配体制は、原子爆弾を含む近代的な軍隊を持っているにもかかわらず、前近代的な封建体制になっている。

まったく江戸時代の将軍の様なのだが、そのために、そうした古い君主的な忠誠心を形成しているというのは、社会全体を固体状態に押し戻しているのだから、生産性が上がるはずも無い。

 金正日の顔は、彦坂尚嘉の言語判定法で見れば《超次元》~《第51200次元》あって、なかなかの政治家であると言える。アメリカや中国、韓国や日本を手玉にとっての瀬戸際外交は、なかなかのものであった。

 しかし息子の金正恩(キム・ジョンウン)の顔を見ると《第8次元 信仰領域》に過ぎなくて、政治家としてはブッシュのレベルだから、父親のような外交力は無い。遅かれ早かれ、何らかの破綻が生まれるように思える。









正恩氏、軍中心に危機管理か 権力基盤に弱さも 

 【北京共同】北朝鮮の金正日総書記(69)の死去を受けて後継者の三男、金正恩(キム・ジョンウン)氏(28)は朝鮮人民軍を中心に危機管理的な国家運営に当たるとみられる。朝鮮中央通信は19日午後、総書記死去を悼む平壌市民らの声を伝える記事で、人民軍兵士らが「正恩同志の領導(指導)を受けることを誓った」と伝え、後継体制へ移行したことを明らかにした。

 しかし、正恩氏は総書記に比べて権力基盤は脆弱とみられ、安定した後継体制を築けるかどうかは不透明な部分も多い。日本や米国、韓国の首脳は19日、電話会談などで対応を協議した。


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ポロックの気体美術をめぐって/様態変化と芸術 - 2011.12.23 Fri

日本人の多くは理解できないかもしれないポロック芸術の偉大さを、文明の様態変化論から説き明かす彦坂尚嘉のレクチャー。糸崎公朗さんとのスカイプ対談で、わかりやすく、話す建築系美術ラジオの放送です。
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『復活の塔』があ12月23日のNHKのBS1で放送されます。 - 2011.12.22 Thu

復活の塔blog

みなさま

福島の南相馬に建設した『復活の塔』がある『壁画のある集会場』が、12月23日のNHKのBS1で放送されます。
番組は夜の10時からの『地球テレビ:エル・ムンド・クリスマススペシャル』です。

被災した住民を映すのが目的ですが、私も参加して『復活の塔』をつくっているところを見て、
NHKBSが興味を持ってくれました。
そして福島原発20キロのすぐ側に建つこの被災者住宅群が選ばれ、南相馬ライブ放送が決まりました。

復活の塔2blog


先ほど、NHKの○○さんから電話をいただきまして、23日までに照明を取り付けられ
るのか、聞かれました。取り付ける予定がないのであれば、23日の中継の時に照明を
持ってくるそうです。



彦坂も五十嵐太郎さんも予定があって参加できませんが、
木造被災者住宅の企画者である芳賀沼整氏という福島在住の建築家が参加します。

同じくNHKの○○さんから塔の名前について聞かれました。
名前はつけますか?塔に名前をつけることによってシンボルとして
の完成するという、考え方もあるかと思いますが。

というわけで、塔の正式名称が、五十嵐太郎さんによって決まりました。

南相馬の塔もありかと思いましたが、
彦坂さんが壁画に書き込んだ言葉から
とって、

「復活の塔」

と命名しましょう。

五十嵐



というわけで、3.11和歌の塔は、『復活の塔』という名前になりました。
ご覧いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

彦坂尚嘉
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月岡芳年 - 2011.12.22 Thu

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月岡芳年

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月岡芳年

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月岡芳年

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月岡芳年

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月岡芳年

月岡芳年13
月岡芳年

 多くの人が見て不愉快な気持ちになる死の絵画を描くというのは、どういうことなのか?
  
 美術というのは、2種類あって、ひとつは公共性のある美術です。

 公共美術というと、公衆便所のように思われるかもしれませんが、美術そのものはアルタミラの壁画もアスカの地上絵も、公共性を持った美術であり、エジプト美術にしても、ギリシア美術にしても、日本の平安時代の絵巻物も、公共性のある美術です。ですから、キリスト教の架刑図も、餓鬼草紙も、地獄草紙も、実は不快な絵画ではありますが、それらはキリスト教や仏教に深く関わって公共性があるのです。

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マティアス・グリューネヴァルト イーゼンハイム祭壇画

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地獄草紙

餓鬼草紙
餓鬼草紙


美術のもう一つは個人の趣味なのですが、趣味で描く悪趣味絵画というものがあります。確かに悪趣味の人はいて、やたらに猟奇殺人に興味をもって、その手の本を集めている若い女性の日本画家も知っています。男にもいて、東電OL殺人事件に興味をもって、読んでいた人を知っています。ネクロフィリア(死体愛好症)の美術家たちというのも、昔の友人にはいました。


彦坂尚嘉の言語判定法でみると、たとえば、月岡芳年の「無残絵」には《公共性》が無いのです。

ところが月岡芳年と同時代の落合芳幾の「無残絵」には、《公共性》があるのです。しかし、今日の観客には面白くないかもしれません。この面白くない浮世絵を、私は評価します。

その話は、次回に・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ジョニー・サヴィルとフランシス・ベーコン、さらに月岡芳年と落合芳幾について書かなければならないと感じるのです。

大げさな話なのですが、ベーコンはすばらしいと思うが、サヴィルは、フェニミズムで評価するにしても、イラストの作家に過ぎなくて、わたしは芸術としてつまらないと思う。

同様に、社会的な評価なら、たとえば月岡芳年の方が有名だが、私は落合芳幾ほうが良い作家だと思う。
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ジョニー・サヴィル - 2011.12.21 Wed

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先日の日本ラカン教会の学会発表をしてから、《超次元》~《第51200次元》というのは、死の問題だと言うことが、よく分かりました。

そうすると話はかなり単純化してしまって、生を見つめている視点と、自分が死ぬ存在であるということを意識した視点との2つに分類されます。結果的には、当たり前すぎて面白くない結論ですが、単純化して言えば、芸術というのは、死を意識した視点ですが、この死は、最終的には自分の死という個人の死です。一方でデザインというのは、生を意識した視点です。この生というのは、個人の生徒言うよりも、集団的な生です。

さて、そういう単純で凡庸な結論をかかえたまま、ジョニー・サヴィルをご紹介します。この作家を私に教えてくれたのは太田丈夫さんです。

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ジェニーサヴィルは、1970年にイギリスのケンブリッジで生まれ。1992年にグラスゴー美術学校を卒業。

イギリスの広告代理店のサーチ&サーチの創業者であるチャールズ・サーチに見いだされて、1997年には『センセーション』展にも出品しています。

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つまり、サーチとダミアンハーストを軸にして台頭した『ヤング・ブリティシュ・アーティスト』と、きわめてスキャンダラスで注目をあびた『センセーション』展系の女性アーティストなのです。

サーチの試みはしかし、すでに変貌していて2005年には『ヤング・ブリティシュ・アーティスト』からは撤退しているし、この広告代理店の変貌する動きを、芸術の視点から見れば、『センセーション』展もかなりいかがわしいものであったのです。サーチが主導した時代はすでに終わったように見えます。

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現在のジョニー・サヴィルは活動をニューヨークに集中しているようです。

特徴的なのは、作品の大きさです。これはニューヨークスタイルとも言えるものではあります。
女性の裸体の伝統的なジャンルに、現代的なフェミニズム理論を適用したものという理屈付けがされています。性別や性的アイデンティティのような広範な問題を絵画に描き、強く比喩的なスタイルを使用しているというのです。

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ジョニー・サヴィルの絵画は、同じイギリスのルシアン・フロイドの醜悪な裸体画や、フランシス・ベーコンの人物がとの関係で語られています。

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ジョニー・サヴィル



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フランシス・ベーコン

これらとの比較や、詳細な芸術分析は、次回のeラーニングで行います。さらに日本人アーティストで、同じく死をテーマにして過激な絵画を描いている笹山直規さんの作品を比較しながら分析したいと思います。









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金正日総書記死去 - 2011.12.19 Mon

金正日総書記
が死にました。いよいよ、アジアが動きます。最悪で言えば戦争でしょうが、そうはならないでも、すんなりと北朝鮮が、このまま安定して続くとは思えません。





金正日総書記が死去、「心筋梗塞」 金正恩氏が後継へ
2011/12/19 12:18

 【ソウル=島谷英明】北朝鮮メディアは19日正午、一斉に「特別放送」を流して、金正日総書記が17日死去したと伝えた。69歳だった。父、金日成主席の死去を受けて1994年に北朝鮮の最高指導者に就き、周辺国の反対を無視して核開発を進めたほか、外貨稼ぎのため弾道ミサイル開発や麻薬、偽ドル札製造にも動いた。軍部や側近を重用して体制を固めつつ「核カード」を駆使した巧みな外交術で多くの国際支援を得た。

 葬儀委員会の名簿では後継指名している三男の金正恩氏(ジョンウン、28)が筆頭で読み上げられた。独裁体制を敷いた最高権力者の死去により、北朝鮮の混乱加速は必至で、北東アジアの安全保障体制も重大な局面を迎えた。

 北朝鮮メディアによると、死因は心筋梗塞。一時は脳卒中にかかったほか、心臓病や糖尿病も患っていた。今のところ内部抗争やクーデターの兆候は確認されていない。

 このため、当面は軍部中心の集団指導体制を取る可能性もある。異母弟の平日(ピョンイル)氏や、妹婿の張成沢(チャン・ソンテク)朝鮮労働党行政部長らの動きがカギを握るとの見方も出ている。

 94年に金日成主席が死去した時、北朝鮮は1日半たってから死去の事実を発表。同時に追悼大会の日程や葬儀委員長に後継者の金正日氏が就くことなどを発表した。
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五十嵐太郎の新著2冊 - 2011.12.18 Sun

五十嵐太郎氏の新著が2冊出ました。
2冊ととも五十嵐さんらしい本です。

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一つは3.11の被災地を、震災/津波直後から繰り返し訪れて、そこで考えたことを書いておられます。

日本の歴史の大きな区切り目となるこの災害を、直視する態度は重要です。
南相馬での記憶に残る被災者住宅という建築設計も書いていて、必然的に私も参加させていただいた壁画と塔の経過も書かれています。
特徴的なのは、何よりも良く歩いて現場を見るという態度です。現場を繰り返し踏むことで、誠実に現実と向き合うというその真摯な姿勢と精神は、今時貴重なもので、未来を見据えるまなざしは建築的と言えます。

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もう一つは建築の歴史書で、戦後日本の建築家の果たしてきた社会的役割を分析しているものです。
 建築が社会を形成してくるという、建築というものの本質を、現実の建築家を詳細にたどることで記述しています。
 建築家の系譜図がついていますが、これも重要なものです。
 美術の場合、この系譜が隠されています。美術版も誰か書いてくれないものでしょうか。
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野田総理が事故収束宣言 - 2011.12.17 Sat







廃炉に最長40年 政府、東電が工程表案
 東京電力福島第1原発の廃炉に向け、政府と東電がまとめた工程表案で、施設を解体撤去し、作業がすべて終了するまでに最長40年との期間を示していることが15日、分かった。政府と東電は16日に原子力災害対策本部の会合を開き、燃料が溶けた1~3号機の原子炉が一定の安定状態「冷温停止状態」となり、4月から改定を重ねてきた事故収束への工程表の「ステップ2」終了を決定。野田佳彦首相が午後6時から記者会見する。廃炉への工程表は来週にも公表。避難している住民の帰郷に向けた警戒区域などの見直しに関する考え方も、12月中に公表する見通しだ。
(2011年12月16日 福島民友ニュース



浪江町役場の除染終了 早期帰還の道は険し
 東京電力福島第1原発事故に伴う陸上自衛隊の警戒区域内の役場除染作業で、浪江町役場の除染効果の報告が15日、同役場で行われた。空間線量は作業前の毎時0.9マイクロシーベルトから同0.6マイクロシーベルトに低減。局所的に線量が高かった排水溝も同5.3マイクロシーベルトから同0.3マイクロシーベルトまで下がった。一方で除染に必要なインフラ整備などの課題があらためて浮上。視察した馬場有町長は「除染に必要な環境整備を考えると早期帰還は難しいが、帰還までの方針を2、3年ではっきりさせる」と語った。
(2011年12月16日 福島民友ニュース




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意識の広さと不安定性 - 2011.12.16 Fri

下記にあげた図は、《超次元》~《第51200次元》を図示したものです。

格付け 表4全体図


ラカンの鏡像理論を踏まえているので、鏡像で、倍々になって、拡大していきます。そうすると最後の《第25601次元》~《第51200次元》というのは、広大なスペースになります。この闇の深さは、極めて怖いものです。

しかしシャネルなどの超高級ブランドには、この《超次元》~《第51200次元》の商品はふつうにあります。


抽象的で、観念的に見えるかもしれませんが、現実には、800~1600次元までは、現実のアニメなどで発見できているので、もう少し、こまめにご紹介できればと思います。

一番右の角の白い部分が、普通の私たちの世界で、それが冷戦構造では、下記の様になっています。

格付け 表3


さらに、普通の世界は、下記の表です。

格付け 表2-2


もっと日常の《第6次元 自明性領域》にアップすると、下記の表です。

格付け 表1


つまり、私たちの頭脳の中にある鏡像の世界は、極めて複雑で、広大なのです。それを《第6次元 自明性領域》にだけ単層化して生きることは、一つの知恵であると言えます。それは安定しているのですが、同時に多くのことを見ないようにしています。

一方で、《超次元》~《第51200次元》までの人格を持っていると、不安定で、非常に危険なものです。レイ・チャールズも麻薬を20年もやっていましたが、それはこの《超次元》~《第51200次元》の不安からではないでしょうか。

すぐれた芸術作品というのは、《超次元》~《第51200次元》のものが、多くあります。これが芸術の一つの秘密なのです。

同時に、芸術には、エジプト美術のような《第1次元 社会的理性領域》の単層のものが、大きな領域としてあるのです。

この多層性と、単層のはざまに、さまざまな芸術が存在しています。
つまり芸術は、決して一つでは無くて、この両極に挟まれた人間精神の矛盾の有り様を示しているものなのです。



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レイ・チャールズ - 2011.12.16 Fri

最近は、自動車で移動しているときに、レイチャールズを良く聞いている。
CDで聴くのと、YouTube画像で見るのでは印象がずいぶんと違う。画像の方が、黒人であること、盲目であることがよく分かる。

芸術分析的には、《超次元》~《第51200次元》まであって、《真性の芸術》になっていて、すごいものだと思う。








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自殺した美術家の作品に見る崩壊 (5)・・・ジャクソン・ポロック - 2011.12.11 Sun

既に名前を挙げているジャクソン・ポロックです。
ポロックは、10代からアルコール中毒であったのですが、それは彦坂尚嘉の推察によれば《超次元》~《第51200次元》もある超重層性のある人格だったからです。アルコール中毒患者は、朝起きて、自分が何をやったら良いのか分からなくてアルコールを飲むというのですが、それは《超次元》~《第51200次元》もある人格だと、本質的な問い、どのように生きるのかを、本格的に考えるから、答えが出なくなるのです。

さて、そのポロックの若い日の自画像です。
暗い眼をして、この世の外部にいるような顔をしています。
これが《超次元》~《第51200次元》を持つ者の眼なのです。


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ポロックの初期の具象画には、この《超次元》~《第51200次元》の絵画があります。

Go West (Jackson Pollock - 1938)

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なんともすさまじい絵画ですが、これが《超次元》~《第51200次元》ある、すぐれた芸術作品であることが重要な意味を持ちます。

この後、ポロックは、モダニズムの作品をつくるようになりますが、それは普通に《第6次元 自明性領域》だけの、しかも彦坂尚嘉の言語判定法による芸術分析では《デザイン》だと判断される作品になるのです。

ご参考までに一点あげておきます。この作品はグリンバーグが賞賛したものです。

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この後、ポロックは大きく飛躍してオールオーバーのポーリング絵画になります。これらの作品もまた、書記に会った《超次元》~《第51200次元》になっているのです。

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Mural on Indian Red Ground by Jackson Pollock

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1956年8月11日、ポロックは、飲酒運転をして木立に激突する自動車事故で、44歳で死亡します。これも事故死であって、自殺とは断定はできませんが、アルコールによる自滅死という意味では横山やすしや、エマヌエル・デ・ヴィッテと同じ道程をたどります。彦坂尚嘉の言語判定法による分析ですと、それは《超次元》~《第51200次元》の作品を制作する人格に固有の不安定性であると見えるのです。












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自殺した美術家の作品に見る崩壊 (4)・・・エマヌエル・デ・ヴィッテ - 2011.12.11 Sun

すでに述べたように《超次元》~《第51200次元》の絵画を描いた作家というのは、自殺している例がいくつかありますので、もう一つ実例を挙げておきます。

エマヌエル・デ・ヴィッテという17世紀オランダの画家です。1617年生まれで、1692年に75歳で運河の橋から投身自殺しています。
強大な建築や教会の内部表現と、大きな空間を描いた作品は優れていて、現在でも多くの人が愛しているようですが、その作品は彦坂尚嘉のアートの格付けでは《超次元》~《第51200次元》あります。

人間の視点としては、この宇宙の外部から見る《第51200次元》というのは極限の絵画制作なのです。

画家としては成功したにもかかわらず、エマヌエル・デ・ヴィッテは酒と賭博に溺れて、経済的に年中逼迫していたようです。その果てに、法律違反で訴えられて、人々に見放された結果の自殺でありました。

この例でも《超次元》~《第51200次元》の画家は、才能豊かであって、傑出した良い作品を制作しながらも、不安定で、漫才の横山やすしのように酒や博打で自滅的に死んでいったのです。

その残された《超次元》~《第51200次元》の作品を見てください。


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ロンドン・コーリング/ザ・クラッシュ - 2011.12.10 Sat

次のYouTube画像は、頭がのろいので、飛ばして、クラッシュのライブから見てください。ロンドンコーリングが抜群です。






2002年12月に夭逝したザ・クラッシュの中心メンバー、ジョー・ストラマーの追悼特別ライヴ。2003年2月のグラミー賞授賞式で行われた。ヴォーカルを受け持った前­面の4人は向かって左から、スティーヴ・ヴァン・ザント(E ストリート・バンド)、デイヴ・グロール(元ニルヴァーナ、現フー・ファイターズ)、ブルース・スプリングスティーン、エルヴィス・コステロ。テンションが高いライヴだ。怒りにみちた演奏に涙腺がゆるむ。

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自殺した美術家の作品に見る崩壊 (3)・・・ロッソ・フィオレンティーノ - 2011.12.10 Sat

ロッソ・フィオレンティーノ(Rosso Fiorentino 、1495年 - 1540年)はイタリア出身の画家で、後期ルネサンスのマニエリスムの時期の美術をフランスに伝える役割を果たした画家であります。」

ヴァザーリの名将列伝の中で書かれている作家の一人です。フィレンツェの生まれで、はじめ、同じマニエリスムの巨匠であるポントルモと同じ工房で修業しました。1524年ローマに移住し、ローマからヴェネツィアを経て、フランスに赴き、フォンテーヌブロー城の改築に関わります。

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 この唯一ヴァザーリによって自殺した作家と書かれています。自殺したと言われるのは46歳ですが、当時ロッソ・フィオレンティーノは、名声が高く、多くの注文をこなしている成功した大作家なので、何故に自殺をしたのか?と言う疑問がわきます。
 
 次の作品はロッソ・フィオレンティーノの『十字架降架』(1521 ヴォルテラ美術館)です。この絵画は、彦坂尚嘉の芸術分析では、《超次元》~《第51200次元》まである作家です。《第51200次元》というのは、この宇宙の外部に出た意識なのですが、ここまで超多層の内的な世界を持つ人は、実は非常に不安定なのです。その不安定性が、自殺を生み出したと思います。 

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その細部を見ると、マリアにしても、脇の人物でも、その表情は、たいへんに優れた感情豊かなものです。

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作品を見ると、その表現は、盛期ルネッサンスのレオナルド・ダ・ヴィンチの『ジネヴラ・デ・ベンチの肖像』のような能面の様な表情とはちがって、悲しみや絶望を激しく描き分けているものです。

レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画は、彦坂尚嘉の言語判定法でのアートの格付けでは、《超次元》~《第50次元》までしかありません。これは実は小津安二郎の映画の、抑制された世界と同じ幅のアートの格付けなのです。つまりそれは、第51次元以下の人間の下品で下等な心的次元を切り捨てて抑圧した世界なのです。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ『ジネヴラ・デ・ベンチの肖像』
レオナルド・ダ・ヴィンチの《超次元》~《第50次元》に比較すると、格段に幅の広い超多層な芸術表現なのです。


 ロッソの髪の毛は赤くて、風貌は上品で、態度は真摯で、慎重で、しかも賢明であったということです。ロッソの作品は絵画だけではなくて、インテリアデザイナーとも言うべき総合的な美術ワークで、高い評価を受けたのです。
 しかし有名な美術家となっても、自分の気性を制御できなかったようです。殴り合いのけんかをする激しさがあったのです。友人との激しい喧嘩は、友人が盗みを働いたという間違った判断であったためで、それを恥じて毒をあおって死んだのです。

 この無謀なまでの激しさは、《超次元》~《第51200次元》までを描く人物だからです。芸術絵画の構造は、実は画家の人格の構造と深く連動しているので、この絵を描いた人物の顔には、同じく《超次元》~《第51200次元》が有るはずです。
 ということを手がかりにして、ロッソ・フィオレンティーノの描いた人物像を探して、彦坂尚嘉が自画像では無いかと推察するのは、次の絵画です。

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 さて、彦坂の推理が当たっているかどうかは分かりませんが、とにかく《超次元》~《第51200次元》の顔を持っている人物は、《第51200次元》という宇宙の外部に出ているまなざしを持っているせいか、不安定で自殺や自滅をする傾向があるように思えます。

 実例をあげると、一人は漫才の横山やすしです。彼は自殺ではなくて死因は「アルコール性肝硬変」でしたが、51歳の若さで自滅的な死を迎えています。この横山やすしの天才性は、彦坂尚嘉のアートの格付けでは《超次元》~《第51200次元》であって、それ故に不安定であったと考えられます。

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 もうひとりは落語家の2代目桂枝雀です。上方落語界を代表する人気噺家となっていましたが、1999年3月に59歳で自殺を図り、意識が回復する事なく4月19日に心不全のため死去しています。この人の芸はすばらしいのですが、この人も《超次元》~《第51200次元》であって、それ故の不安定さが自殺にいたったように思います。

もう一人《超次元》~《第51200次元》の顔を持つ人物をあげると、ジャクソン・ポロックです。

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もっとも《超次元》~《第51200次元》の人格を示す人物だからと言って、かならずしも自殺するわけではありません。実例を一人挙げると「ソウルの神様」と呼ばれたレイ・チャールズです。

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レイ・チャールズは、盲目のリズムアンドブルースの黒人歌手ですが、75歳で天寿を全うしています。もっとも20年間にわたって麻薬を常用していて、1965年に3度目の逮捕後、ロサンゼルスの更生施設に入所、ヘロインを絶つことに成功しています。つまり麻薬を常用していたという意味では、才能に満ちた《超次元》~《第51200次元》の人物というのは、やはり極度に不安定な人格であるといえるかもしれません。

さて、レオナルド・ダ・ヴィンチを超えているマニエリズムのアーティストの価値を再評価すべきであるとおもうので、最後に自殺したというロッソ・フィオレンティーノの残した《超次元》~《第51200次元》の絵画を紹介します。

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自殺した美術家の作品に見る崩壊(2) ・・・石田徹也 - 2011.12.10 Sat

もうひとり、若くして鉄道の踏切事故で亡くなった石田徹也を見ておきましょう。美術家に限りませんが、ポロックの自動車事故もそうですが、事故と自殺の区別はつけにくいところがあります。ここで石田徹也を取り上げるのは、自殺だとして決めつけようという意思は私には全くありません。経歴を見ても多くの美術展で受賞していて、31歳で自殺をする必要は無かったと言えます。
 ただ残されたその作品を見たときに《第16次元 崩壊領域》があって、崩壊領域の絵を描き続けたように彦坂尚嘉には見える作家の死への帰結ということで、作品を観察しようと言うことだけです。

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1973年静岡市焼津に生まれる。
1992年武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科入学。
1995年第六回グラフィックアート『ひとつぼ展』グランプリ受賞
1996年 武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。
1997年 JACA日本ビジュアル・アート展1997グランプリ受賞。
1998年 キリンコンテンポラリーアートアワード奨励賞受賞。
2001年 VOCA展2001奨励賞受賞。
2005年5月23日、逝去 
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自殺した美術家の作品に見る崩壊 (1)・・・清水誠一と鴨居玲 - 2011.12.10 Sat

以下は、2011年12月11日(日) 10:00-10:45に、日本ラカン教会の日本 ラカン協会第11回大会で発表したものです。ラカンの思考を背景にして、ラカンの用語を言語判定法として使用しているものです。当初は、自殺と、《象徴界》の崩壊が、明確にできると思っていたのですが、実際に自殺したアーティストの作品を言語判定法で見る限り、そうした例は、石田徹也が《現実界》の絵を描いていると言うことに見られるくらいでした。

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人間はいくのもの矛盾の中で生きていますが、その一つが死でありましょう。死と言っても老衰や病死、そして事故死というものと、自殺はちがった様相を呈します。

画家の自殺をあつかって、その死に関連するかに見えるような絵画表現を考察することで、自殺に至る精神のありようの一端を示せればと思います。

清水誠一

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清水誠一と言う画家は、私の友人でありました。生まれたのは1946年昭和21年で、私と同じ年の生まれです。ですので初期の作品から発表を見てきています。自殺したのは 2010年12月7日です。コンクリート・ブッロックに鉛筆でドローイングした作品で1977年にパリ青年ビエンナーレ展への参加した現代美術の作家ですが、1991年のソヴィエト崩壊後に、いわゆる現代美術や抽象美術、前衛美術が終わってしまうと言う状況を体現していった作家で、晩年は具象画に回帰していました。

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お通夜に出席しましたが、アトリエに残された最後の作品3点は、崩壊状況を示している作品で、彦坂尚嘉の言語判定法によるアートの格付けでは《第16次元 崩壊領域》というものでした。

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最後の3点の作品のひとつ

彦坂尚嘉責任のの言語判定法による[清水誠一の最後の作品]芸術分析

アヴァンギャルドアートでは無い。
伝統的芸術である。
現代アートではない。

《想像界》の眼で《第16次元》のデザインエンターテイメント
《想像界》の眼で《第16次元》のデザインエンターテイメント
《想像界》の眼で《第16次元》のデザインエンターテイメント

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界がある多層的芸術。ただし《サントーム》はない。
固体/絶対零度の2つの様態の芸術。したがってプラズマ/気体/液体の3つの様態は無い。

《シリアスアート》である。《気晴らしアート》では無い。
《ハイアート》である。《ローアート》が無い。

シニフィエとシニフィアンの両面をもつ芸術。

理性脳と原始脳性の両面のある芸術。

《原始平面》の作品
ペンキ絵
【B級芸術】。

《原芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》《形骸》《炎上》《崩壊》の概念梯子がない。

《原デザイン》《デザイン》・・・の概念梯子が有る。

《原大衆芸術》《原イラストレーション》《原シンボル》の概念梯子が有る。

《原-装飾》《装飾》・・・の概念梯子が無い。。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《原-工芸》《工芸》が無い。

キッチュであって、《真性の芸術》ではない。

芸術空間の意識の大きさが《村》である。

鑑賞構造が無い。《愛玩》《対話》《驚愕》《瞑想》《信仰》《総合》のすべてが無い。

情報量が0である。
クリエイティヴでは無い。
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情報量がゼロであるものを初めて見つけた。


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最後の3点の作品のひとつ 《第16次元 崩壊領域》の作品

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最後の3点の作品のひとつ 《第16次元 崩壊領域》の作品

最後の作品が崩壊領域の絵になっていることを分かっていただくために、その前の《第1次元 社会的理性領域》の作品と並べますので見比べてください。

清水誠一16次元/1次元

《第16次元 崩壊領域》    《第1次元 社会的理性領域》


最後の崩壊領域の作品は、背景が不思議な様相を持っています。水が滝壺に流れ落ちていくかのような、そんな感じの背景になっています。

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《第16次元 崩壊領域》の作品は、自殺間際にだけ描かれているわけではありません。
それ以前にも死に臭いのする作品を描いていました。

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鴨居 玲

次に挙げるのは、鴨居 玲という画家です。
1928年昭和3年生まれで、1985年昭和60年9月7日に、57歳で自殺しています。

戦後の1946年 金沢市立金沢美術工芸専門学校(現在の金沢美術工芸大学)に入学して、洋画家の宮本三郎に師事しています。そして1950年 団体展の二紀会同人に推挙されています。1958年、ついで1964年に渡欧しています。1968年に妹のデザイナー鴨居羊子の紹介で知り合った司馬遼太郎と交友
しています。1969年に安井賞を受賞して、1971年から3年間はスペインにアトリエをかまえて制作に没頭しています。1985年、神戸の自宅で排ガスで自殺しています。創作に行き詰まり、たびたび自殺未遂を繰り返した末の死であったということです。

その作品を見ると、死へと傾斜する傾向の強いものがあります。

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 出を待つ(道化師) ]1984年


自殺した1985年の自画像は、特に強く死を予感させますが、この作品も彦坂尚嘉の言語判定法による分析ですと、《第16次元 崩壊領域》の作品です。

肖像1985年

彦坂尚嘉責任のの言語判定法による[鴨居玲の最後の作品]芸術分析

アヴァンギャルドアートで有る。
伝統的芸術ではない。
現代アートである。

《想像界》の眼で《第16次元》の《真性の芸術》
《想像界》の眼で《第16次元》の《真性の芸術》
《想像界》の眼で《第16次元》の《真性の芸術》

《想像界》《象徴界》《現実界》の3界がある多層的芸術。ただし《サントーム》はない。
固体/絶対零度の2つの様態の芸術。したがってプラズマ/気体/液体の3つの様態は無い。

《シリアスアート》である。《気晴らしアート》では無い。
《ハイアート》である。《ローアート》が無い。

シニフィエとシニフィアンの両面をもつ芸術。

理性脳と原始脳性の両面のある芸術。

《透視画面》の作品
オプティカルイリュージョンの作品
【A級芸術】。

《原芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》《無芸術》《世間体のアート》《形骸》《炎上》《崩壊》の概念梯子が有る。

《原デザイン》《デザイン》・・・の概念梯子が無い。

《原大衆芸術》《原イラストレーション》《原シンボル》の概念梯子が無い。

《原-装飾》《装飾》・・・の概念梯子が無い。。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
《原-工芸》《工芸》が無い。

《真性の芸術》であって、キッチュではない。

芸術空間の意識の大きさが《近代国家》である。

鑑賞構造が有る。《愛玩》《対話》《驚愕》《瞑想》《信仰》のすべてが有る。

情報量が100である。
クリエイティヴである。


格付け 表1

格付け 表2-2
格付け 表2

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ラカンと美術読書会/芸術の演習(3) - 2011.12.09 Fri

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橋下徹新市長、着工予定の市近代美術館を白紙に - 2011.12.08 Thu

以下のニュースは、実はダブル選挙の前から予想されていました。私は五十嵐太郎さんから聞かされていて、予想通りになったということです。私は橋下徹市長の決断を支持します。今さら大阪市近代美術館をつくってもはじまらないのです。つくるのなら1980年代に創っておかなければ成りませんでした。遅すぎます。

橋下新市長、着工予定の市近代美術館を白紙に
読売新聞 12月8日(木)10時13分配信
 大阪市の橋下徹・新市長は7日、市が2017年度の開館を予定している市立近代美術館の建設計画について、「美術館でいいのか、コンサートホールがふさわしいのか。大阪に何が必要で、いくらのお金を投じなければならないのか議論する」と述べ、事実上の白紙に戻す考えを明らかにした。

 市内で報道陣に語った。

 同美術館は、1983年に構想が発表され、市は北区中之島の大阪大医学部跡地を購入したが、財政難で凍結に。市は10年11月、延べ床面積を2万4000平方メートルから1万6000平方メートルに縮小し、建設費も280億円から122億円に圧縮する方針を発表。市の行政評価委員会は今年5月、建設費をさらに1割削減することで着工を認め、今年度中に基本計画を策定、14年度着工の予定だった。
最終更新:12月8日(木)10時13分
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警視庁が本気で「2ちゃんねる撲滅作戦」? - 2011.12.07 Wed

警視庁が本気で「2ちゃんねる撲滅作戦」?



ITmedia ニュース 12月7日(水)1時14分配信

表紙に「警視庁がたくらむ2ちゃんねる撲滅作戦」とのタイトルが
 警視庁が本気で「2ちゃんねる」(2ch)撲滅作戦に乗り出した──12月6日発売の「週刊朝日」がそう報じている。警察トップの特命で専従班が組織され、威信をかけて「2chつぶし」に取り組んでいる、という。

 同誌の記事は「ひろゆきもビックリ! 警視庁がたくらむ2ちゃんねる撲滅作戦」というタイトルで、3ページにわたって報じている。


 2chの「ニュース速報」板に「[速報]2ちゃんねる 現在強制捜査受け中」というスレッドが立ったのは11月24日夕方。2chのサーバの1つがダウンし、「薬・違法」板などが閲覧できなくなった。記事によるとこの時間、札幌市内にある運営担当者の関係会社「ZERO」に警視庁の捜査員十数人がレンタカーのバン2台と普通車1台で現れた。捜査員によるガサ入れ(家宅捜索)で書類入りのダンボール箱4箱やPCなどを押収したという。

 記事によるとこのガサ入れは、警視庁による「2ちゃんねる撲滅作戦」の始まり。片桐裕・警察庁長官の指示を受けた樋口健史・警視総監の号令で警視庁管内のハイテクに詳しい刑事が集められ、20人以上の専従班を組織し、2ch内の書き込みを洗い出した結果、ガサ入れにつながった、という経緯を警察庁関係者の話として伝えている。

 10月に就任した片桐長官は暴力団対策に全力を挙げる一方、サイバー犯罪の深刻化を指摘し、次期国会に向けて不正アクセス禁止法の改正を検討していることを明らかにしている。

 11月のガサ入れの容疑は麻薬特例法違反。専従班は、2ch運営が違法薬物の売買にからむ書き込みを放置したことが幇助に当たり、違法だと見ているようだという。

 記事では2chの書き込み削除に関する独特なルールや、東日本大震災以降、デマ監視などの名目で当局がネットに厳しい目を向けていることを取り上げ、また警察が安易にネット言論に刑罰権を行使することを懸念する警察庁出身の識者の声などを紹介。その上で、警察庁関係者が「この事件は来年に持ち越して長くなりそうだ。威信がかかっている」と話していることを伝え、当局次第で来年にネット界に激震が走るかもしれない、としている。

 少なくとも2chの運営サイドにガサが入ったこと、その原因となったことについて当局が何らかの関心を寄せているのは事実のようだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

2chに強制捜査? 一部サーバはダウン中

 巨大掲示板サイト「2ちゃんねる」で11月24日夕方、運営担当者のユーザー名で「現在強制捜査受け中」いうスレッドが立ち、2ch内が騒然となっている。
 「ニュース速報」板に午後4時半ごろ、運営担当者のユーザー名で「[速報]2ちゃんねる 現在強制捜査受け中」というスレが立ち、「あの板のあの書き込みが問題らしい 誰だよ書き込んだの ちゃんと管理しろよ管理人 野音と携帯押収されたよ 子猫ちゃん達と連絡とれないよ 」という報告があった(「野音」はノートPCと思われる)。
 書き込みの真偽や詳細は不明だが、午後4時前に2chのサーバの1つがダウンしており、このサーバが収容している掲示板の書き込みが原因では、という憶測もある。このサーバには「カメラ」「特撮!」や「既婚女性」「薬・違法」など、多数の板が収容されている。
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ニューヨーク批評家協会賞発表!受賞作品の『ジ・アーティスト』 - 2011.12.07 Wed




アカデミー賞への指針となるニューヨーク批評家協会賞発表!受賞作品の『ジ・アーティスト』ってどんな映画?【第84回アカデミー賞】
シネマトゥデイ 12月7日(水)1時40分配信

拡大写真
『ジ・アーティスト(原題)/ The Artist』ミシェル・アザナヴィシウス監督と主演女優のベレニス・ベジョ - Frazer Harrison / WireImage / Getty Images
 いよいよアカデミー賞レースに向けての火ぶたが切られた。というのも、アカデミー賞候補作品の指針になるともいわれているニューヨーク批評家協会賞の受賞作品、受賞者が今週発表されたからである。

 ニューヨーク批評家協会賞は、各種批評家協会賞の中で最も古く1935年よりスタートしている。ほかの映画賞と比べて娯楽性よりも芸術性や社会性を持った作品を選ぶ傾向にあることから、メジャー路線を行く関係者の一部からは「オタクで賞」などと陰口をたたかれており、ある意味では昔気質の硬派な映画賞といってもいいかもしれない。だがここで着目すべきは、ニューヨーク批評家協会賞を受賞をするとアカデミー賞候補に上るのはほぼ確実、アカデミー最高の栄誉である作品賞の受賞確率は約50パーセント弱と言われている。

 今年のニューヨーク批評家協会賞の作品賞を受賞したのは『ジ・アーティスト(原題)/ The Artist』という映画。日本ではまだ聞き覚えのない映画が映画業界でどれだけ大胆な存在かをざっとご紹介しよう。

 近代の映画製作において映画スタジオが一番嫌がるタイプの映画に、字幕付であること、白黒作品であること、というのがある。まず字幕は、登場人物の言っていることが直接わからず字幕を読むのも面倒くさい、白黒に関してはカラーに慣れ親しんでいる現代の映画ファンに白黒映画は退屈だという理由からで、すなわち興行的にリスキーであるという判断からである。

 映画の登場人物がセリフをしゃべるのが当たり前になっているこの時代に、字幕どころか、登場人物のセリフがまったく聞こえない映画だったら一体どうなるのだろうか? それにあえてチャレンジしたのがこの『ジ・アーティスト』という作品である。全編を通して白黒なおかつサイレントというかなり大胆な試みの作品なのだ。

 それだけでなく、スクリーンからかもし出されるサイレント映画時代の雰囲気が絶妙に甘く切なく、見ているものをどんどんひき込んで行く、と大評判である。映画のあらすじは、サイレンス映画の時代から、トーキーへと目まぐるしく移り変わって行く映画業界の中で、栄華衰退してゆくサイレント男優と女優のロマンス描いたもの。フランスのミシェル・アザナヴィシウス監督がメガホンをとっており、ニューヨーク批評家協会賞では同作品で監督賞を受賞した。

 公開前からすでに大評判の『ジ・アーティスト(原題)/ The Artist』。これから各映画賞レースでどこまで食い込み、それがどこまでアカデミー賞につながっていくか。眼が離せない作品となりそうである。(文・ロス取材: 明美・トスト/Akemi Tosto)
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ポロック展(画像追加校正) - 2011.12.06 Tue

スクリーンショット(2011-12

愛知県美術館の『生誕100年 ジャクソン・ポロック展』を見てきました。

すばらしい展覧で、驚きました。日本の美術館が実現できるとは想像していなかった良い回顧展です。もう2度と実現できない水準です。必見の展覧会ですから、見逃さないようにしてください。まず、この困難な展覧会企画を実現した愛知県美術館に行ってください。


今回のポロック展を組織なさった愛知県美術館の学芸員の大島徹也氏にご出席を願って、建築系美術ラジオを収録しました。
下記をダブルクリックしてください。

愛知県美術館『ポロック展』/建築系美術ラジオ

下に掲載した3点の具象画は、この展覧会に展示されているポロックの初期の名作です。

brennan10-29-2.jpg

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Go West (Jackson Pollock - 1938)



ポロックの最盛期のペインティングも、
数多く出品されています。
本物のを見ると、その作品の美しさに驚かされます。


13c_iuam_img.jpg

Untitled_ c.1949


26.jpg


Jackson Pollock - Number 25


Mural on Indian Red Ground by Jackson Pollock


number-7-1950.jpg

sezon0001porokku_20111207163738.jpg


NHK日曜美術館の放送決定!
NHK「日曜美術館」でジャクソン・ポロック展が紹介されます!

「アクションから生まれた静寂~ジャクソン・ポロック 現代アートの出発~」
2011年12月11日(日) あさ 9:00 ― 9:45
2011年12月18日(日) よる 8:00 ― 8:45


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New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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