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2012-06

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ジェフ・クーンズにおける測定の誤差/人間の判断の違いについて - 2012.06.04 Mon



ジェフ・クーンズにおける測定の誤差

/人間の判断の違いについて



Re: ジェフク―ンズ

坂出太郎様

> 2011年のブログですとジェフク―ンズの絵画の格は21~30次元愛欲領域、キッチュと判定されていますが、これは言語判定法で判定したのではなかったのでしょうか?

言語判定法で判定していますね。
http://hikosaka4.blog.so-net.ne.jp/2011-02-04-5

この時はブログのタイトルが『彦坂尚嘉の《第200次元》アート』になっています。
今のブログの題名は6400次元ですが、実際には《第163万8400次元》までを見ています。

この差が生み出した、測定の誤差だと言えます。

ジェフ・クーンズの『イージーファン=イーサリアル(Easyfun-Ethereal)』というシリーズは、今見ても、普通の肉眼で見ると、キッチュに見えます。

しかし《第163万8400次元》まで見る目で見ると、〈想像界〉で、超次元から《第163万8400次元》まである、《真性の芸術》に見えるのです。

この《200次元》と《第163万8400次元》の違いというのは、デジタルカメラのISOに対応していることが、すでに発見されています。つまり感度の差なのです。

ISOが《200》のカメラには、21から30次元のキッチュに見えた絵画が、ISOが《163万8400》のカメラで見ると、《真性の芸術》に見えるようになったというわけです。

感度によって、芸術の評価が変わったという事実です。

このことも含めて、ブログで書くつもりなのですが、その前に《現実界》しかない人間の話をアップしなければなりません。その後に必ずジェフ・クーンズを書きますので、お待ちください。私にとってもジェフ・クーンズの評価は重要な問題を含んでいるのです。

ロドリゲスのことも、たぶん、同じような問題を含んでいるかもしれないので、取り上げたいとおもいますが、今は、先送りさせてください。とにかく、なかなか集中して書けなくて、申し訳ありません。
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《現実界》だけの人格の出現をめぐって - 2012.06.04 Mon

《現実界》だけの人格の出現をめぐって

シ#12441;ョーシ#12441;ワシントン
初代アメリカ大統領は《現実界》だけの人格

 

書き込んでいくと、この程度のブログの文章でも手間がかかります。それと多くの人には、読めない文章になります。読めないというのは、コミュニケーションができないということです。

多くの人とコミュニケーションすること事態が、なかなか難しいのですが、それにはいろいろの理由があるにしても、実は人間精神が一つではなくて、いくつもあるからではないのか?

人間関係や、芸術の理解のむずかしさの中から出てきた疑問は、こうした人間の多様性の問題でした。つまりジャック・ラカンが言うように、人間精神には《想像界》《象徴界》《現実界》という3界があるということが規準ではないのではないか? という疑問です。

それは美術作品そのものの多様性の理由の把握の問題として、まずありました。それは象徴的にはデュシャンの出現で、《現実界》だけの作品が現れたことです。このことが多くの人に混乱を生んで、さらに多数の事象を生じるようにまりました。


この《現実界》だけしかいという現象はしかし美術界だけでは無くて、実は世界の軍事情勢や政治情勢自体が《現実界》だけになったことを意味していたのです。

 1914年の第一次世界大戦は、多くの予想は戦争が早期に終結するというものでありました。しかし、機関銃などの新しい武器の出現が、戦争の様相を変えたのです。機関銃の弾幕を避けるために塹壕戦が展開し、そのため戦線は膠着して戦争は長期化していきました。大戦参加国は総動員する国家総力戦となり、これまでの常識をはるかに超える被害がもたらされたのです。この現代戦争の惨劇が、《現実界》だけという美術作品や、《現実界》だけの人格を出現させたのです。

 それでは、それ以前にそうのような事象はなかったのでしょうか。
 あったのです。

 政治の世界というのは、たとえばアメリカ大統領の顔を見ても、初代大統領のジョージ・ワシントンは、《現実界》だけの人物でした。つまりアメリカ合衆国というのは、1776年に独立を宣言して作られた国ですが、この段階で、《現実界》だけの人間というのは、出現していたのです。言い換えると18世紀という産業革命が始まり、近代になった時点で、すでに《現実界》だけという分離の現象が、人間の精神に起きていたのです。

 シ#12441;ョーシ#12441;ワシントン
ジョージ・ワシントン


 2代目大統領のジョン・アダムスも、《現実界》だけの人物です。

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3代目のトーマス・ジェファーソンも、《現実界》だけの人物です。

Thomas Jefferson


つまりアメリカ合衆国を建国するという、そういう創成期の指導者は《現実界》だけの人格であったのです。

 4代目アメリカ合衆国大統領ジェームズ・マディスン、5代目ジェームズ・モンローになると《象徴界》だけに人物になります。つまり《現実界》から《象徴界》に建国のレベルが移行したのです。

シ#12441;ェームス#12441;・マテ#12441;ィスン

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さらに6代目のジョン・クィンシー・アダムズ、7代目のアンドリュー・ジャクソンになると《想像界》だけの人物になります。

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アント#12441;リュー・シ#12441;ャクソン



 この事は何を意味していたのか?

 アメリカ大陸に移民して建国をしていくというような、未成熟な社会の状態の中では、実は、バラバラになった状態が出現していた。そしてあ《現実界》が先行して、建国が進んで、最終段階で《想像界》が出現してくる。

 この事を踏まえて、20世紀の歴史を見直してみることにしましょう。

 まず、第一次世界大戦になると、現代戦の悲惨な殺戮戦が登場することで、人間の文明自体が、ラカンの言うところの狂気の状態をしめしたことを意味します。つまり《想像界》《象徴界》《現実界》がバラバラになり始めたのです。つまり20世紀の文明というのは、狂気化した文明状態を示してきていて、18世紀19世紀のヨーロッパの啓蒙的な理性の時代の勝利という《象徴界》の強い時代が崩壊してきた現象が出現します。つまりアメリカ合衆国の建設の最初の混沌状態に回帰するような状況に戻るのです。

 1914年に第一次世界大戦が始まり、16年になると、戦争に参戦した両陣営が国家総動員体制を敷いた総力戦になりますが、これこそが20世紀始まりでありました。この時から、実は人類は狂気の状態の文明を生きることになったのです。狂気の時代というと、大げさに思いますが、第2次世界大戦でのユダヤ人虐殺や、それ以後にも頻発していったジェノサイドを思えば、狂気の時代であったと認識することは出来るでしょう。スターリンによる大粛正というのも狂気ですが、このスターリンもまた《現実界》だけの人格であったのです。

 実際、冷戦が示したものも、美術で言えば、グリンバーグの言ったところのアヴァンギャルドとキッチュの分裂となるのですが、これも《想像界》だけの美術と、《現実界》だけの美術の分裂であったと言えます。つまりポロックのドリッピングの絵画というのは、《現実界》だけの絵画であったのであって、それは一つの狂気の提示であったし、そのように人々はとらえて評価したのでした。

 (つまり後期の黒い線で描いた「ブラック・ポーリング」というのは、《現実界》だけに分離した作品を乗り越えて、《想像界》《象徴界》《現実界》の3界を統合しなおした作品であったのですが、人々は、この3界統合を古いものとして、芸術作品としては退化したものとして受け取ったのです。)

 人類の歴史の中で、20世紀というのは、こうして《想像界》《象徴界》《現実界》をバラバラな状態へと解体して狂気を示すことを肯定していく時代でした。このことを示すモデルとしては草間弥生の過剰な評価が示しています。美術作品としてはレベルの低いものが、過剰な賞賛を浴びるのは、狂気と芸術の取り違えの時代性を示しています。

 つまり時代は、人間の精神界をバラバラにしていくものとして展開していったのです。その中心を占めるのが《現実界》だけの芸術であり、そして《現実界》だけの人間です。

 象徴界だけの作品としては、ジャッドのミニマルアートが印象的なものです。

 1975年を超えるとしかし、《象徴界》は急速に弱まって、象徴快適なるものは嫌悪されるようになっていきます。それは文明の外皮の制度的な部分は依然として強度のある《象徴界》なのですが、文明の内部は逆に、《象徴界》を失った《現実界》と、そして《想像界》だけに分離した集団のリアリティになってしまったからであると言えます。

 つまり文明それ自身の構造が、上部構造と下部構造では分裂していったのです。下部構造には《現実界》だけのものや、《想像界》だけの人物があふれていったのです。

 《想像界》だけになるという現象は、ロックの歴史では、ボストンの出現と成って顕在化します。いわゆる産業ロックというものの出現ですが、これは当初《第1次元 社会的理性領域》だけの《想像界》の音楽でした。それがU2やオアシスになると、《第6次元 自然領域》の《想像界》だけの音楽になります。美術ではこの《想像界》だけの状態になる現象は1980年代には大きな流れとして登場して、しかしそれは《現実界》だけの美術へと移行していきます。こうした変動をしめしたアーティストとしてはテリーライリーが分かりやすい変貌過程を示していました。

 こうした芸術上の問題だけでは無くて、《現実界》だけの人間というのが出現してきます。私が個人的な体験でであうのは1969年でした。ほぼ同時にそれは《想像界》だけの人間の出現でもありました。これらの人々は、ラカンの言う意味での狂気の人であったと言えるように思います。

 気がつくと、かなりの人が《想像界》だけであり、そして《現実界》だけの人間になっていました。さらに《サントーム》だけの人格にも出逢うようになります。

どうも総合的な人格に出逢うことが、むずかしいという状態になるのです。

このような分裂を、文明の狂気化としてみると共に、新しい進化であるととらえることも重要であると思います。

つまりこうした分裂を、人間の多様性としてとらえ、肯定的に、そうした状態に適応することが重要なのではないでしょうか。


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New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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