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メル・ギブソンの『パッション』(加筆1) - 2011.07.17 Sun

The Passion of the Christ3

メル・ギブソン監督の『パッション/The Passion of the Christ』です。
題名の意味は『キリストの受難』ということです。

メル・ギブソンは、1979年の『マッドマックス』というオーストラリア映画から見てきています。この後アメリカに渡って、1987年から1998年まで『リーサル・ウェポン』というアクション娯楽映画シリーズ4本の主役を演じましたが、これも全て私は見ています。

アクション映画スターとしての成功を基盤に映画監督業に乗り出して、『ブレイブハート』でアカデミーショー作品賞を含む4部門を取った事に驚きがありました。さらにこの『パッション/The Passion of the Christ』で、全編アラム語とラテン語という宗教映画を撮る狂気ともいうべき監督に成長するということ事態には、本当に驚きがあります。

それは、同じ様な道を先輩として歩んだクリント・イーストウッドと重なる驚きなのですが、一介の役者を大映が監督に成長させて行くというハリウッド映画の凄みを突きつけられる名作です。

日本であれば、それは北野武や松本人志という喜劇人に見られる特徴なのですが、しかしそのあくなき成長と高みを目指すアメリカ・アクション・スターの異常にまでの精神性と思想性に驚きを禁じ得ません。その背景には、喜劇やお笑いではなくて、真摯なまでの破綻した世界への注視があります。娯楽映画の底が抜けて、黒い海が見えるのです。日本人がリスク回避して、原発安全神話という新興宗教に溺れて行ったのとは反対の、高いリスクにかける姿勢があるのです。




The Passion of the Christ2

作品は、彦坂尚嘉的に言えば、《超次元》から《第6400次元》まであって、しかもプラズマの様態を持っている事で、圧倒的にすぐれています。

さらには想像界、象徴界、現実界、サントームの4つのを持っている事で、高く評価できる作品です。

しかし一見する所では伝統的なキリスト教映画に見えるにもかかわらず、全く新しいプラズマの様態の映画であるという所に、実は本質的な重要性があります。言い換えると、伝統的なものが、様態を変化させるだけで創造性を発揮できるという今日性です。

しかし日本人の多く、そして日本のアーティストも、美術商も、美術館官僚も、現在のプラズマ状態に対して背を向けて、前近代の固体状態への郷愁に回帰することを評価する心理パターンでは、メル・ギブソン監督の『パッション』の新しさは見えないでしょう。

『パッション』は、『マッドマックス1』の家族喪失と、『マッドマックス2』の原爆戦争後の荒廃した世界の提示からつながる歴史性を含めた展開として、極めて重要な今日的な映画なのです。

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【会員制に関する付言】

長文による宗教的議論と芸術分析、それを今日の芸術の問題として語り、演習までに持って行こうという内容は、決して多くの人々へ向けた内容とは言えませんので、会員制にしています。ご了解ください。

つまり日本的な社会通念=常識というものは「世界の非常識」と言われますが、この外に出て語る事は、無防備ではできないのです。

彦坂尚嘉の理論も技法も、今つきあってくれている栃原比比奈さんと中川晋介君は、その有効性と的中性を認めてくれてはいますが、多くの人は彦坂尚嘉が教えた事をかっぱらって去って行くのです。たとえば斎藤ちさとが撮影に使っている水槽の使用も、フォトショップの使い方も彦坂尚嘉が提案したものです。しかしすぐに彦坂尚嘉から離脱する。その斎藤の気持ちも理解はできますが、しかし作品はみるみる8流に転落してしまったのです。私が怒るのは、この《第8次元 信仰領域》になって、気泡を実体化してしまう凡庸さです。そこには科学的な観察と、芸術的鑑賞構造を取り違えた愚かさがあります。斎藤ちさとM7での新展開は《8流》になってしまっている。コンビニの柿の種の味と同じ水準です。その程度で満足する小さな作家であったという事です。多くのアーティストは、日本的な《第6次元 自然領域》や《第8次元 信仰領域》だけの小さな芸術に満足しているのです。それはそれで良いとは言えます。私もそれは認めますが、ならば、関わりたくないという気持ちは私にも生じるという事です。

そういう裏切られる経験を何人もで積み重ねてくると、簡単には教えてはまずい事がわかります。多くのアーティストには、芸術を真摯に追求して、偉大なアーティストになろうという様な愚かな意思はないのです。彦坂尚嘉は愚かですから、求道的に生きる事しかできません。無防備に教育活動をしてはいけないのです。というわけで、会員制になってしまいました。大塚英志が『リアルのゆくえ』(講談社現代新書)という本の中で次のように言っています。「パブリックであろうとすると引きこもらざるを得ない」。

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New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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