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モランディの風景画と静物画 - 2011.10.13 Thu

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モランディの風景画


「自分が好きなものが好きだ」という原理が存在します。
「自分が好きではないものは、見ない、聞かないようにする」という情報の遮断や、嫌いなものを排除のシステムが作動しているというのが、人間の基本的な性格です。
こうすることで、人間は平和に生きえるのです。

この排除のシステムこそが、正しくて、基本なのです。このことは普通に考える以上のことであって、この排除の肯定によって、文明は維持されているのです。特に日本の文化は、島国という地政学上の理由もあって、この自閉性が強いのです。

文明の成立の秘密というのは、この排除のシステムです。エジプト文明が、5000年間も、同じ絵を描き続けてきたのも、こうした排除のシステムが作動していて、異物や異なる試みを排除していたのです。

モーツアルトの音楽を好きな人々にも、この排除のシステムは強く作動しています。

美術だと、モランディではないでしょうか。
私はイタリアの、ボローニャのモランディ美術館に行って見て来ています。鎌倉近代美術館でのモランディ展も見ています。何故に私がモランディを見てきたかと言えば、私が嫌いで評価しないからです。私の場合には、普通の人のバイアス(偏見)を逆さかに使うことを、意識的にやっていて、嫌いなものを勉強すると言うことをしているからです。

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モランディの風景画

《第6次元 自明性領域》だけに生きている人々の感覚には、生活世界だけを信じる直接性があります。それ以外の価値観は拒絶し嫌悪します。菅前首相が小沢一郎を排除する執念を思い出してください。小沢一郎は《超次元》~《第6400次元》の政治家です。こうした《超一流》の人物を、《第6次元 自明性領域》の人々は、深く嫌悪し憎悪し、排除するのです。排除することで、アイディンティティを維持するのです。排除というのは、ナルシズムの形成と深く結びついています。

ですからアートに関しても、自分の好きな美術だけを見て、それを鑑賞するという傾向をしまします。
どれほど有名でも、「自分が好きではないものは、見ないようにする」という傾向が強くあるのです。レオナルド・ダ・ヴィンチですら見ないようにするのです。

この遮断の意識は、誰にでも実は強くあって、それはおびえでもあります。
自分が良いと思わない美術を鑑賞できて、良いと言う人には、おびえを持ちます。

《第6次元 自明性領域》の人々から見ると、《超次元》~《第6400次元》の人は野蛮で悪であって、文明の外部にいるのです。
レオナルド・ダ・ヴィンチすらが、実は文明の外にいるのです。
ここに奇妙な、芸術という制度の2重性があります。

芸術というのは、一方でエジプト美術に代表されるような文明の芸術であって、その基本は《第1次元 社会的理性領域》だけの作品なのです。そしてこのシステムは、《第1次元 社会的理性領域》以外のものを抑圧し、排除し、殺そうとするのです。

そのくせ、美術史の中で傑出した作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチに代表されるように、この《第1次元 社会的理性領域》の外部に果敢に出て行って、すぐれた美術作品を作り出しているのです。

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モランディの風景画


おびえという感情は、私たちに強くつきまとっています。
文明の外部の存在に対しておびえがあるのです。

しかし《超次元》~《第6400次元》というのは、ヨーロッパの高級自動車では当たり前のようにあるのです。つまり貴族や、ヨーロッパの上流階級は、この《超次元》~《第6400次元》を楽しみ、その外部性をつかって、社会を威嚇し、支配しているのです。彼らには《第6次元 自明性領域》というのは、靴の下の泥落としにすぎないのです。

しかし今日の普通の庶民の人間が、人並みに普通に生活する時に、もっとも重要なのは《第6次元 自明性領域》であると言えます。
自動車で言えば軽自動車に乗っている人です。
軽自動者に乗る人間には、外車を買うことは考えられません。
ヨーロッパの高級車へのおびえ。
それは単に費用だけの問題ではなくて、感性や生きる価値観の問題でもあるのです。

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モランディの風景画


《第6次元 自明性領域》の人々は、家を建てるときは、ハウスメーカのショートケーキハウスを建てます。
いわゆる庶民の家で、身の丈主義の人々です。
身の丈主義で生きると言うことが一番重要であり、無理をしない生活態度です。
《第6次元 自明性領域》の多くの人は、徹夜で仕事をするということや、ボランティアで仕事をすることは嫌がります。

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モランディの風景画

こうした庶民は、100円ショップに行って買い物をし、ユニクロに行って衣類を買い求めます。
あるいは無印良品を買う人もいます。
さらにはホームセンターで必要なものを買い求め、
さらにIKEAなどで安い家具を買って、自分の生活を作ります。
こうした高度消費社会の今日の生活は、《第6次元 自明性領域》で組み立てられているのです。

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モランディの風景画

こうした人々が信じるのは、平凡で一般的なものがもつ普遍性です。
平凡なものこそにこそ普遍性が宿っているのです。
平凡普遍主義、あるいは凡庸普遍主義というものです。

それは同時に、《超次元》~《第6400次元》のものを泥臭く、おぞましい汚さを持った古いものとして排除する感覚を生みます。

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モランディの風景画


こうしたときに、庶民は、この《第6次元 自明性領域》以外のものを見ないようにします。外部に広がる深さや闇や汚いもの、低俗なものを切り捨ているのです。
自分にとって意味の無い情報を出来るだけ遮断して、見ないように、聞かないようにしています。

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モランディの風景画


スタジオジブリの展覧会が東京都現代美術館で夏にあると、それを見に行っても、
そこに常設展示されている現代アートは、ついでに見るというようなことをしないのです。
そうすることで、純粋さや清らかさを生活の中に作り出します。

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モランディの風景画

彦坂尚嘉責任による[ モランディの風景画]の芸術分析

アヴァンギャルド美術では無い。
モダンアートでは無い。
固体であって、つまり前近代性をもつ新しいタイプの伝統美術である。


《想像界》の眼で《第6次元》のデザインエンターテイメント
《象徴界》の眼で《第6次元》のデザインエンターテイメント
《現実界》の眼で《第6次元》のデザインエンターテイメント

《想像界》の絵画である。《象徴界》《現実界》《サントーム》は無い。

固体の美術である。プラズマ/気体/液体/絶対零度の様態は無い。

《シリアス・アート》である。《気晴らしアート》では無い。

《ハイアート》である。《ローアート》では無い。

シニフィアンとシニフィエの同時表示。つまりシーニュである表現。

理性脳の表現である。原始脳性が無い。

《透視画面》ではなくて、ペンキ絵である。

オプティカル・イリュージョンもなくて、ペンキ絵である。

【A級美術】ではなくて、【B級美術】である。

《原芸術》《芸術》・・・の全概念梯子が無い。

《原デザイン》《デザイン》《反デザイン》《非デザイン》《無デザイン》の全概念梯子が有る。

《原大衆芸術》《原イラストレーション》《原シンボル》の概念梯子が無い。

《原-装飾》性が無い。

《原-工芸》性が無い。

《原-イラスト》《イラスト》性がある。これはイラスト絵画である。

芸術ではなくて、キッチュである。

作品空間の意識の大きさが《村》である。

鑑賞構造が無い。

クリエイティヴでは無い。

情報量が0である。この0の魅力に、多くの人が引きつけられる。
この0性をもって、芸術であると誤認している。



《第6次元 自明性領域》の人々は、政治的な事象への無関心や、海外で起きている事件に対する無関心でもあります。
こうした人々には、すでに書いたように小沢一郎は悪人であって、排除するべき者として強烈に憎しみを持ちます。

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モランディの静物画


同時に食べ物であっても、《超次元》~《第6400次元》もあるようなグルメの味覚を食べることにも、
《第6次元 自明性領域》の人は拒絶の姿勢を示します。
そういう味覚が手頃な庶民価格であっても、これを「おいしい」とは感じないのです。
ファミリーレストランの味覚が好きで、そうしたものだけにいくという傾向があります。

Natura_Morta,_oil_on_canvas_painting_by_Giorgio_Morandi,_1956,_private_collection
モランディの静物画


つまり《第6次元 自明性領域》に生きる人は、その領域の単層性だけに生きていて、
それ以外の世界の多様性を排除して生きている傾向が強くあります。
この単層性こそが、文明なのです。


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モランディの静物画


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モランディの静物画

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モランディの静物画

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モランディの静物画


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モランディの静物画


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モランディの静物画


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モランディの静物画

 《第6次元 自明性領域》の単層性に立てこもっている人々は、
モランディの絵画に惹きつけられる傾向があります。

しかし彦坂尚嘉の芸術分析では、
これは芸術ではなくて、何よりもイラストです。
《原-イラスト》《イラスト》という性格が、人々を惹きつけます。
《第6次元 自明性領域》のイラスト・デザイン絵画であり、ペンキ絵に過ぎないものです。

では何故に人々は、これほどに惹きつけられるのでしょうか?

その原因には、モランディ的絵画の色彩が持つ抑制性も大きくはありますが、
芸術分析のところですでに指摘してたように、
それはこの絵画の情報量がゼロであるからです。
このゼロが持つ《無》に、多くの人は惹きつけられるのです。

それはラカンの用語を使えば「対象a」というものです。
つまり欠如に人々は惹きつけられるのです。

《第6次元 自明性領域》の単層の人々の多くは、想像界だけに生きる人々です。イメージ判定法だけで、外部世界を判断しています。

イラストとデザイン性が好きです。イラストとデザインを芸術と錯誤するのです。

そして、モランディ的作品がもつ自明性と情報のゼロ性、つまり無内容性を芸術であると錯誤しているのです。

無内容で、無意味なものを、芸術であると錯誤して、この白痴性にとりつかれる傾向が見られます。

しかしそれは錯誤した芸術であると言うべきなのでしょうか?

そうでは無くて、これもまた一つの芸術であるのです。

《第6次元 自明性領域》の芸術は、想像界のイラスト・デザインで、無意味、無内容、情報ゼロのものであると定義すべきではないでしょうか。

これも一つの定義にすぎなくて、ほかの定義もあるとは思いますが、モランディ的作品がもつ魅力を基準にして作品をつくるとすれば、そのような基準が現れるとおもいます。


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● COMMENT ●

アートの格付け

たまには同じ作家の作品でレベルの高いのと低いものの比較をやって下さい。

Re: アートの格付け

SATTA 様

コメントありがとうございます。

> たまには同じ作家の作品でレベルの高いのと低いものの比較をやって下さい。

何がいいですかね。
古典的にはマティスの2枚の同じような絵ですけれども。

現代ですと、やらなければならない第一番はジェフクーンズですね。

芸術とは何か。

昔ゴッホのひまわりを比べてアートの格付けをした時のが印象に残っていてその時のBLOGを読んでそうかと思ったんですけど。日本にあるひまわりが贋作かどうかは別として芸術レベルが他のものよりは劣るというのが。マチスは彦坂さんの過去のに出てきたような気がするのでジェフクーンズがいいです。

Re: 芸術とは何か。

> 昔ゴッホのひまわりを比べてアートの格付けをした時のが印象に残っていてその時のBLOGを読んでそうかと思ったんですけど。日本にあるひまわりが贋作かどうかは別として芸術レベルが他のものよりは劣るというのが。マチスは彦坂さんの過去のに出てきたような気がするのでジェフクーンズがいいです。

SATTA 様
コメントと、写真ありがとうございます。
ジェフクーンズやります。


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プロフィール

New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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