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M.スコット・ペック/《孤児》の精神の限界と意味 - 2012.01.07 Sat

平気でうそをつく人たち


佐伯さんという方から、次の様なコメントをいただきました。


精神分析家と言えるかどうか分からないのですが、彦坂様が以前取り上げていたM.スコット・ペック医師の心的空間は《孤児》でしょうか?

「平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学」と「愛すること、生きること」を読んだのですが、
「愛すること、生きること」の中で、《孤児》のカール・ユングを肯定的に引用していたことを、このブログ記事を読んで思い出したのです。

非常に感動した本なのですが、もしペックも《孤児》であるとしたら、その意見は矮小で問題のある物なのでしょうか?それとも、《孤児》であっても優れた指摘をしているということもありうるのでしょうか?

つまらない質問ですが、何かお答えいただければ幸いです。




M.スコット・ペックというのは、ベトナム戦争時に9年間にわたって米軍に勤務した精神科医で、「愛と心理療法」で大ベストセラーになった人物です。

516lH7GUd0LSS500.jpg

死後の世界へ

このM.スコット・ペックの言葉をネットで探すと次の様なものがあります。


自分自身を大切にするようになるまでは、

自分の時間を大切にはしないだろう。

自分の時間を大切にするようになるまでは、

何も成し遂げることはできないだろう。


非常に正統な意見だと思いますが、ここにあるのは、私的な生命を重要に見る考え方です。

私自身は、佐伯さんと同様にM.スコット・ペックに感銘を受け影響された人間ですが、そこに、ある疑問をうっすらと感じてきていたことも事実であったのです。社会的に生きるということは、「自分の時間」を他人に売って、賃金労働者として働くことであるからです。つまり「自分の時間を大切にする」ということに固執すれば、就職はできなくなって、フリーターになって、さらには引きこもりになってしまうかもしれないのです。つまり社会人を生きるということは、自分の時間を大切にしたり、自分が何かを成し遂げるというようなことではないのです。

佐伯さんのご指摘に沿って、M.スコット・ペックの顔を見てみましょう。

PeckMScott.jpg

この写真が、いちばんM.スコット・ペックの傷ついている様を示している写真のように思います。写真で見ると、M.スコット・ペックの心的領域は《孤児》です。その意味でフロイト以来の精神分析の系譜の医師につらなる人物です。

彦坂尚嘉の芸術分析で、このM.スコット・ペックの顔を見ると、



心的な空間の大きさが《孤児》である人物。

アヴァンギャルドである。
伝統的文明人格ではない。
現代人である。(プラズマ状態に基盤をおく精神)

《想像界》の眼で《超次元》~《第51200次元》の《真性の人格》
《想像界》の眼で《超次元》~《第51200次元》の《真性の人格》
《想像界》の眼で《超次元》~《第51200次元》の《真性の人格》


精神分析や精神科医というのは、何よりも自分自身が傷ついていて病んでいるので、それを直そうとして医者になっているというものだと思います。

私自身がラカンに興味をもって勉強していったのも、私自身が、さまざまな不幸を背負っていて病んでいたからで、ラカンの思想やM.スコット・ペックの教えは、たいへん優れていて、私にとっては有効であったと思います。ですから、今も、両者を尊敬しています。

しかし、そのことと、ラカンやM.スコット・ペックの心的空間が狭くて《孤児》であると言うことは、別の事柄です。

peck.jpg

peck970602.jpg

peck-1.jpg

peckPhoto.jpg

フロイトと比較したウッドロウ・ウィルソン の顔をもう一度見てみましょう。この人の聡明で視野の広い《国民国家》の人格は、何故に成立しているのか?

ウッドロウ・ウィルソン

彦坂尚嘉の芸術分析で、このウィルソンの顔を見ると、



心的空間の大きさが《国民国家》である人物。

アヴァンギャルドでは無い。
伝統的文明人格である。
現代人ではない。(固体/前近代的人格に基盤をおく精神)

《想像界》の眼で《第1次元 社会的理性領域》だけの《真性の人格》
《想像界》の眼で《第1次元 社会的理性領域》だけの《真性の人格》
《想像界》の眼で《超次元》~《第51200次元》の《真性の人格》

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まず、基本として《第1次元 社会的理性領域》だけの人物なのです。それに対してM.スコット・ペックの方は、《超次元》~《第51200次元》まである人格なのです。

《第1次元 社会的理性領域》だけに単層化した人格というのは、非常に安定しているのですが、《超次元》~《第51200次元》まである多層な人格というのは、非常に不安定で、深い闇におびえている傷ついた精神であるのです。

ウィルソンの場合、《現実界》は《超次元》~《第51200次元》あって、それはアメリカ大統領という世界最強の軍隊を動かす権力を握っているものの恐ろしさを秘めてはいるのですが、しかし《想像界》《象徴界》が《第1次元 社会的理性領域》の単層で、極めて安定しているが故に、《国民国家》の広い心的世界を持ち得ているのです。

石や煉瓦、木でもよいですが建築をつくって、雨風や外的をシャッターダウンして安全性を確保して、安心できる空間に生活する。こうした平和で安心できる空間の中で生活する快楽を当たり前のものとして長時間にわたって享受する。こうした生活状態が文明なのです。

こうした文明の生活を当たり前のものとして、幸せに生きている。しかもこうした安寧な生活を守るために掃除をし、そして病気や外敵の侵入阻止する守りを怠りなくやっている人物というのが、《第1次元 社会的理性領域》の人格なのです。

つまり《第1次元 社会的理性領域》だけの文明というのは、常に世界の汚濁に満ちた危険性を阻止して中に入れないような守りを固めています。

《第1次元 社会的理性領域》のエジプト的な芸術の目的とは、《第1次元 社会的理性領域》による《安寧》性の表現なのです。

ウィルソンの《国民国家》の広がりのある人格は、こうしたものとして形成されているのです。

しかしM.スコット・ペックのように9年間もヴェトナム戦争に従軍して、そこで戦う米軍の兵士たちの傷ついた心理と向き合ってきた人物は、《安寧》という様なものの中にいることができなかったのです。危険と不安に耐えて生きている者が見るのは、《超次元》~《第51200次元》の《死》と《生》の攻めぎあう不安定な恐怖に満ちた現実なのです。

《超次元》~《第51200次元》の人物の心理空間が、《孤児》や、《妖精》という形で、小さく狭くなるのは、文明という大きな共同体の《第1次元 社会的理性領域》の安寧の外部に出てしまっているからです。出てしまうと、自分自身を守る必要性から心的空間が狭くなるのです。

心的空間が狭くなる理由は、狭くすると守りが堅くなって、生に執着していくことができるからです。《孤児》は、自分の心的な生命を守ることに汲々としている面があります。《妖精》になると、永遠の生命を追及していて、完全なる個人主義者となります。

人間は生と死の攻めぎあいを生きていますが、心的空間を小さくすると《生》に固執し、逆に心的な空間を大きくして《宇宙》や、その外にまで拡大させると《死》への欲動を追求していくことになります。

M.スコット・ペックは、すぐれた精神科医で、すぐれた思想家だと思いますが、問題が有るとすれば、その《孤児》の狭さでもって問題を突き詰めすぎていることです。

『平気でうそをつく人たち』という本は刺激的で、隠された現実を告発しているすぐれた勇気ある本ですが、ウイルソン的な《第1次元 社会的理性領域》だけの単層の人格から見れば、《第1次元 社会的理性領域》という文明の単層生を生み出し、維持しているものこそが「平気でうそをつくこと」なのです。

エジプト文明以来の《第1次元 社会的理性領域》を成立させる文明そのものが虚偽と邪悪によって形成されているものであって、それを悪といっても始まらないというわけです。

その意味で、ウイルソン的な健康な精神から見れば、M.スコット・ペックはあまりにもまじめで、子供なのです。





















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● COMMENT ●

丁寧な解説、ありがとうございました。疑問が解けたので、すっきりしました。

自分の生命に執着しうる心的空間に生きているにもかかわらず、《孤児》の人達は穏やかな顔をしていませんね。《孤児》になっても、完全に恐怖から逃れることは出来ないからでしょうか。

解説に時間を割いて下さったことに、改めて感謝申し上げます。

記事、楽しく読ませていただきました。

多分彦坂先生は了解済みなのかなぁとも
思うので書くのがとても気が引けるのですが。

自分自身を大切にするようになるまでは、
自分の時間を大切にはしないだろう。
自分の時間を大切にするようになるまでは、
何も成し遂げることはできないだろう。

上記の文章を僕はまったく私的だとは思いませんでした。
むしろ、まったく正反対だと思いました。
「自分」という言葉を
「私」と「私を生かしている他人」という自分の
両方合わせて「自分」と
捉えたからなのかなと思いました。

本当にそうなのか
そもそも作者の伝えたかった事を
訳者がちゃんと訳しきれているのか
「自分」という言葉は正確なのか?
そういう事を検証するには
原文をみないと追求不可能な事ではありますが。。。。

それでは。ありがとうございました。

Re: タイトルなし

かねだけいし様

コメントありがとうございます。

「私」と「私を生かしている他人」という自分の
両方合わせて「自分」と
捉えたというお気持ちは、すばらしいと思います。

>平気でウソをつくひとたち


言葉そのものがウソでもある。


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New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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