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ヴォルフガング·フォイクト/勇ましい新たな単調さ - 2012.04.27 Fri

高木さんという方から、次の様なコメントをいただいた。


> Wolfgang Voigtの鑑定をお願いします。
http://www.youtube.com/watch?v=yyLfA9QixNE&feature=related





【続きは下記Read Moreをクリックしてください。】

詳細分析をする時間が無いので、簡略化した結論だけ言います。

《第6次元 自然領域》の音楽。
芸術では無くて、デザイン音楽です。

現実界だけの音楽。

様態的には、液体音楽。つまり近代音楽です。




ミニマリズムの焼き直しというか、
デザイン化の波の何回目かの波が来ているようです。

こうした《第6次元 自然領域》のデザインの単調主義というのは、音楽だけではなくて、美術や写真や建築にも同様の傾向は見られます。


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● COMMENT ●

negaDEATH13

以前もご紹介しましたが、SPKは如何ですか?

上記で紹介されているような、
繰り返しの音楽ではありますが、
人間の深い内部を探求した下品さ、おぞましさがあり、
私個人はデザインではなく、芸術音楽だと思っています。

バンド自体は精神疾患者だった片方が自殺して、
事実上は解散しています。

http://www.youtube.com/watch?v=Q2Bi3cYFeck&feature=relmfu

↑ no name になっていますが、笹山です。

流れていく肌触りが透いてて水っぽい感じ。デザインによるものとあまり区別がついていませんが。
甘粕正彦、等もデザインの現実界とかか。

この音楽も自然領域6次元デザイン、近代、孤児、現実界な感じなのか。一対一。http://www.nicovideo.jp/watch/1331822173
デザイン領域って日常生活を生きる上で存在を認めることは大事ですね。
8次元は6次元と比べたらすかすかな不思議な感じなのは直接性の欠落を見出しているわけか。
こういう見方以外に、批評家的作風、作家的作風というように区別があってもいいような気がします。

Re: タイトルなし

高木様

コメントありがとうございます。

> 流れていく肌触りが透いてて水っぽい感じ。デザインによるものとあまり区別がついていませんが。
> 甘粕正彦、等もデザインの現実界とかか。

この「甘粕正彦」って、何を言っていらっしゃるのか、わかりません。
>
> この音楽も自然領域6次元デザイン、近代、孤児、現実界な感じなのか。一対一。http://www.nicovideo.jp/watch/1331822173

この音楽も、ご指摘のように《第6次元 自然領域》で、現実界です。
液体音楽=近代音楽です。《孤児》ですね。

> デザイン領域って日常生活を生きる上で存在を認めることは大事ですね。
> 8次元は6次元と比べたらすかすかな不思議な感じなのは直接性の欠落を見出しているわけか。

なるほど、《第8次元 信仰領域》というのは、直接性の欠落ですか!

> こういう見方以外に、批評家的作風、作家的作風というように区別があってもいいような気がします。

この「批評家的作風」「批評家的作風」というのも、よく分かりません。すみません。

甘粕正彦は
wikpediaから
日本の陸軍軍人。陸軍憲兵大尉時代に甘粕事件を起こしたことで有名(無政府主義者大杉栄らの殺害)。短期の服役後、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を行い、満州国建設に一役買う。満州映画協会理事長を務め、終戦直後、服毒自殺した。

映画『ラストエンペラー』で坂本龍一は甘粕正彦満映理事長役、坂本龍一も6次元ならそういう配役選びの思惑を考えたりするのも楽しいかなと。次元って情報や色々見渡せるバッググラウンドになっている場所だと思います。次元ごとに違う視座で誰がどこでどうふるまうとか制作者の解釈を考えるのに面白いのではないかと思います。映画のみに関わらず。才能が多くあると危険といったニーチェの言葉が浮かびます。
8次元はうわさの吹き込みや信念のみに関する領域と、http://kb6400.blog38.fc2.com/?mode=m&no=377
で強く反応する多くはあくまで日本にいる8次元のみの人たちの交流現象であって、日本人がというのは間違っています。


「批評家的作風」「作家的作風」というのは彦坂さんとnegaDEATH13(「血と精液」を表していると言ったり)のポロック解釈の違い。デュシャンの本物を見に行くべきであるといった部分で、negaDEATH13は別に見に行く必要性はないといったり。ここらは作っているスタイルに応じた読み込んでいく必要性のあるもの違いが起こっていると思ます。彦坂さんは「批評家的作風」の視点に全てを組み込んでいっていて、「作家的作風」の視点から見ていない。人間視点はいくつもあるみたいですからここだけ比較しても規模が小さすぎて意識ですっきりできない気がします。ウィリアム・バトラー・イェイツの幻想録が彦坂さんのスタイルと被る気がします。だとすると「詩人的作風」と区別する?それともイェイツは「作家的作風」でそういうことをやっているのか。両方持っているのか。よくわからないので疑問だけ置いていきます。

Re: タイトルなし

高木様

> 甘粕正彦は
> wikpediaから
> 日本の陸軍軍人。陸軍憲兵大尉時代に甘粕事件を起こしたことで有名(無政府主義者大杉栄らの殺害)。短期の服役後、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を行い、満州国建設に一役買う。満州映画協会理事長を務め、終戦直後、服毒自殺した。

その甘粕正彦ですか。
あなたの文脈で、何をいっているのか分かりませんでした。
>
> 映画『ラストエンペラー』で坂本龍一は甘粕正彦満映理事長役、坂本龍一も6次元ならそういう配役選びの思惑を考えたりするのも楽しいかなと。次元って情報や色々見渡せるバッググラウンドになっている場所だと思います。次元ごとに違う視座で誰がどこでどうふるまうとか制作者の解釈を考えるのに面白いのではないかと思います。映画のみに関わらず。才能が多くあると危険といったニーチェの言葉が浮かびます。
> 8次元はうわさの吹き込みや信念のみに関する領域と、http://kb6400.blog38.fc2.com/?mode=m&no=377
> で強く反応する多くはあくまで日本にいる8次元のみの人たちの交流現象であって、日本人がというのは間違っています。

とりあえず、読みました。


> 「批評家的作風」「作家的作風」というのは彦坂さんとnegaDEATH13(「血と精液」を表していると言ったり)のポロック解釈の違い。デュシャンの本物を見に行くべきであるといった部分で、negaDEATH13は別に見に行く必要性はないといったり。ここらは作っているスタイルに応じた読み込んでいく必要性のあるもの違いが起こっていると思ます。

negaDEATH13は、私は、あまり作家であるとも、批評家であるとも思っていません。基準の問題ですから、日常用語で、そういう分類をするのは良いですが・・・

彦坂さんは「批評家的作風」の視点に全てを組み込んでいっていて、「作家的作風」の視点から見ていない。

そうお考えになるのは、勝手ですが、それは今の日本の通俗的な視点です。
美術家は、多くの文章を、少なくとも5世紀くらいから書いてきているのです。

人間視点はいくつもあるみたいですからここだけ比較しても規模が小さすぎて意識ですっきりできない気がします。ウィリアム・バトラー・イェイツの幻想録が彦坂さんのスタイルと被る気がします。だとすると「詩人的作風」と区別する?それともイェイツは「作家的作風」でそういうことをやっているのか。両方持っているのか。よくわからないので疑問だけ置いていきます。

はい。

>その甘粕正彦ですか。
あなたの文脈で、何をいっているのか分かりませんでした。

全くそうですね。連想したものを書いたので、すいませんでした。

>そうお考えになるのは、勝手ですが、それは今の日本の通俗的な視点です。
美術家は、多くの文章を、少なくとも5世紀くらいから書いてきているのです。

うまく言葉がいえないのでもどかしさを感じています。というよりうまく理解しないで言葉にしようとしていたからそうなっていたと思います。言っている間に理解し整頓されまともな文章ができることもなく、不全な文章の相手をさせた事は申し訳ありません。
僕は「理解する」とはその作り出したものを生み出した見方を自分の中で見いだすということだという考えを持っています。一種の再現のような。数学や哲学、文学などにおいての一部にそういうようなものを見つけました。意図的に選べるとかではなく疑問を追求した結果、偶発的に重なるということが起こります。当然ジャンルごとに様々な人がいますので探しても見いだせないことは多いと思うのですが。あるものを理解するにはその内部にいなければそのものを理解できるとは言えないのではないかという思いを持っています。僕個人の勝手な思いです。自分の考え、というより「視座」を利用して考えを深めていっているだけでその視座は自分独自というより、他人でも見いだせる場合があると思っています。教わってつかうというより全く同じものが作り出せるのではないかと。
分かりにくかったのかもしれませんが、単純にテレビ番組を作るときでも音楽を作る人や脚本を作る人など様々な人がいてお互いどういう追及によりその各担当の制作活動が実現されているのか分かっていないと思います。
この決まった視座?、文化の潮流が現れる仕組みはよくわかりません。
知らず知らず視座にも伝統のような積み重ねがあって、
ウィリアム・バトラー・イェイツの幻想録を挙げたのはこの人は象徴界の人間だと思いまして、 意思、仮面、創造心、宿命体
1層から28層までとわけて
歴史上の機能などを見出して人間や制作物の分類をしている。
人間の思想および生のあり方として可能なあらゆる動きを分類しようと挑戦した本のようです。もっと複雑なのですが自分は理解できません。

長々とかかって何も伝えれないかもしれませんが、言いたいことは、このイェイツの奇書扱いされている分析の視座は、彦坂さんと共通するものを感じます。勝手ですが、この本の内容を現代で使いこなせるのは彦坂さんのような人だと思うのでぜひ読んでその視座の流れを発達させてもらいたいがためにこういう文章を書いているわけです。

Re: タイトルなし

> >その甘粕正彦ですか。
> あなたの文脈で、何をいっているのか分かりませんでした。
>
> 全くそうですね。連想したものを書いたので、すいませんでした。
>
> >そうお考えになるのは、勝手ですが、それは今の日本の通俗的な視点です。
> 美術家は、多くの文章を、少なくとも5世紀くらいから書いてきているのです。
>
> うまく言葉がいえないのでもどかしさを感じています。というよりうまく理解しないで言葉にしようとしていたからそうなっていたと思います。言っている間に理解し整頓されまともな文章ができることもなく、不全な文章の相手をさせた事は申し訳ありません。
> 僕は「理解する」とはその作り出したものを生み出した見方を自分の中で見いだすということだという考えを持っています。一種の再現のような。数学や哲学、文学などにおいての一部にそういうようなものを見つけました。意図的に選べるとかではなく疑問を追求した結果、偶発的に重なるということが起こります。当然ジャンルごとに様々な人がいますので探しても見いだせないことは多いと思うのですが。あるものを理解するにはその内部にいなければそのものを理解できるとは言えないのではないかという思いを持っています。僕個人の勝手な思いです。自分の考え、というより「視座」を利用して考えを深めていっているだけでその視座は自分独自というより、他人でも見いだせる場合があると思っています。教わってつかうというより全く同じものが作り出せるのではないかと。
> 分かりにくかったのかもしれませんが、単純にテレビ番組を作るときでも音楽を作る人や脚本を作る人など様々な人がいてお互いどういう追及によりその各担当の制作活動が実現されているのか分かっていないと思います。
> この決まった視座?、文化の潮流が現れる仕組みはよくわかりません。
> 知らず知らず視座にも伝統のような積み重ねがあって、
> ウィリアム・バトラー・イェイツの幻想録を挙げたのはこの人は象徴界の人間だと思いまして、 意思、仮面、創造心、宿命体
> 1層から28層までとわけて
> 歴史上の機能などを見出して人間や制作物の分類をしている。
> 人間の思想および生のあり方として可能なあらゆる動きを分類しようと挑戦した本のようです。もっと複雑なのですが自分は理解できません。
>
> 長々とかかって何も伝えれないかもしれませんが、言いたいことは、このイェイツの奇書扱いされている分析の視座は、彦坂さんと共通するものを感じます。


なるほど、そうでしたか。

>勝手ですが、この本の内容を現代で使いこなせるのは彦坂さんのような人だと思うのでぜひ読んでその視座の流れを発達させてもらいたいがためにこういう文章を書いているわけです。

教えていただいて、ありがとうございます。
本は、Amazonで、今、注文しました。


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New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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