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織田信長の人格分析は可能か? - 2012.05.05 Sat

朝青龍織田信長
朝青龍と織田信長の人格の比較を試みる


織田信長の人格分析は可能か?

Aさんからコメントをいただいているのだが、私から見ると、基本的に先入観による意見であって、学問的反省性を持った意見には感じられない。

人間の意見には2つがあって、一つは自然的な態度で、そこでの意見は先入観である。

たとえば私は「馬を知っている」「ライオンを知っている」と言ったとします。

しかし馬も飼ったことは無いし、ましてやライオンを飼ったことは無い。馬の体重やライオンの体重も知らない。馬のおしっこの臭さも、ライオンの糞の量も知らないのです。



        【続きは下記Read Moreをクリックしてください。】 つまり馬で知っていることなどほとんど無いし、ライオンについても、知っていることといったら、わずかなことに過ぎないのです。


たとえばA氏は、織田信長は《現実界》の性格だと書いていますが、それは単なる先入観であって、具体的に学問的な方法で判断しているのではありません。

つまり織田信長の顔の分析も、そして行動の分析もしていない。そもそもジャッ・クラカンのいっているのは、人間は《想像界》《象徴界》《現実界》の3界を持っていると言っているので有って、《現実界》だけの人間がいると言っているのではない。つまりラカンの考えでは、織田信長は《現実界》だけの人格では無いのです。

A氏は、単に織田信長のイメージで、それを《現実界》だけの人格であると言っているに過ぎない。

それに対して、私は厳密な学問としての芸術をやろうとしている。つまり世間話を書いているのでは無くて、学問的な方法として言語判定法を使って、現実を測定しようとしているのです。

急いで書いているので、不十分ですが、とりあえずネットで拾える織田信長の肖像画で、言語判定法による芸術分析から、人格を判断してみたいと思います。(本当は、狩野永徳の信長の肖像画が優れているのですが、この良い画像がネットにはありませんでした。狩野永徳展のカタログは、大学の私の研究室の書棚にあるので、今は使えません)


nobunaga_img_20120505010820.jpg
紙本著色織田信長像
作者: 狩野元秀
天正11年[1583年]の作
愛知県豊田市[挙母藩、旧挙母町] 長興寺[長興禅寺]蔵

信長の家臣で三河国 衣城代の余語正勝が信長の一周忌法要の際 長興寺に寄進した。

(情報出典:織田信長の素顔、肖像画 http://www.sengokujidai.net/odanobunaga/odanobunaga_sugao.shtml)

nobunaga_img2.jpg
織田信長の写実肖像画
作者: 当時の宣教師の画家とされるが、ジョバンニ・ニコラオ[イエズス会画派・セミナリオ教師]と言う説もある。
作画年不明、天正11年~天正18年[1583年~90年]
山形県天童市 三宝寺蔵
(情報出典:織田信長の素顔、肖像画 http://www.sengokujidai.net/odanobunaga/odanobunaga_sugao.shtml)


さて、上に掲げた写実的な肖像画が、本物であるかどうかと言う確証は無いようですが、私は主観的にではありますが本物であると思うので、これを見て、織田信長の人格を言語判定法で分析してみます。

彦坂尚嘉責任の[織田信長の写実肖像画]を見ての織田信長に対する言語判定法による人格分析

1.基本的な性格
アヴァンギャルドな人格である。
伝統的な人格ではない。
クリエイティヴな人格である。
情報量が100である。

人格の鑑賞構造は無い。
《ローアート》的な人格である。
《気晴らしアート》的人格である。
《万能感》のある人格である。

2,格付け

《サ ン トー ム》の精神は無い
《現 実 界》の精神で《超次元~第6400次元》の《真性の人格》
《象   徴   界》の精神で《第1次元~第6400次元》の《真性の人格》
《想   像   界》の精神で《超次元~第6400次元》の《真性の人格》

3,人格概念の梯子

シニフィエとシニフィアンの同時表示(シーニュ)の人格。

理想脳と原始脳の同時表示の人格。

《原始平面的人格》

《原-人格》《人格》がある。
《反-人格》《非-人格》《無-人格》の概念梯子が無い。

《原-デザイン人格》《原-イラストレーション人格》《原-装飾人格》《原-工芸人格》
《原-大衆芸術人格》《原-キッチュ人格》・・・の概念梯子が無い。

《原-シンボル人格》がある。

4,総合判断

○ 上中下で言うと、《特上》の人格。
○ 《現実界》《象徴界》《想像界》の3界がそろった精神である。
○ 《固体》様態の人格である。
○ 《国家》の意識空間である。


コメントをくださったAさんは、《現実界》だけの人格と織田信長を考えておられましたが、この前近代の封建時代には、文明の様態が氷河のように凍りついた固体状態なので、人格そのものの分裂は、20世紀のようには起きえないはずなのです。

20世紀に入ると、特に最近ですが、人格が分裂している人物が観察されます。
今日の世界では、Aさんの言うように《現実界》だけしかないと彦坂の言語判定法では判定される人格の人物が存在しているのです。

その一人が朝青龍です。

朝青龍2
朝青龍

2006年、横綱の朝青龍は、診断書を協会に提出、夏巡業の不参加を届け出たが、7月25日、当人がモンゴルで中田英寿らとサッカーをしている映像が同日報じられ、仮病疑惑が噴出。日本相撲協会から2場所出場停止謹慎の処分を受けた。

8月6日には、心療内科医・本田昌毅の往診により「神経衰弱および抑うつ状態」との診断を受けていたものの、後に協会医務委員会が紹介した精神科医により解離性障害と診断されたと発表。

「解離性障害」というのは、自分が自分であるという感覚が失われている状態

2010年1月、場所中の1月16日未明に泥酔して暴れる騒動を起こしたと写真週刊誌に報じられ、さらに、別の週刊誌の報道で、被害者が当初、名乗り出た一個人マネージャーではなく一般人男性だったことが発覚。なお、被害者男性は元暴走族のリーダー。
2010年2月4日、日本相撲協会の理事会で事情聴取を受けた後、突然、暴行問題の責任を取る形で現役を引退することを表明した。

朝青龍1

彦坂尚嘉責任の[朝青龍]に対する言語判定法による人格分析

1.基本的な性格
アヴァンギャルドな人格ではない。
伝統的な人格でもない。
クリエイティヴな人格ではない。
情報量が50である。

人格の鑑賞構造は無い。
《ローアート》的な人格である。
《シリアス》な人格である。
《万能感》のある人格である。

2,格付け

《サ ン トー ム》の精神は無い
《現 実 界》の精神で《超次元~第6400次元》の《真性の人格》
《象   徴   界》の精神は無い。
《想   像   界》の精神は無い。

3,人格概念の梯子

シニフィアンだけの人格。

原始脳だけの人格。

《原始平面的人格》

《原-人格》《人格》が無い。
《反-人格》《非-人格》《無-人格》の概念梯子が無い。

《原-デザイン人格》《原-イラストレーション人格》《原-装飾人格》《原-工芸人格》
《原-大衆芸術人格》《原-キッチュ人格》《原-シンボル人格》・・・の概念梯子が有る。

4,総合判断

○ 上中下で言うと、《下の下》の人格。
○ 《現実界》だけの精神である。
○ 《プラズマ》様態の人格である。
○ 《孤児》の意識空間である。



さて、この《現実界》しか無いと彦坂に判断される朝青龍と、織田信長の顔を比較してみましょう。

朝青龍織田信長
朝青龍の《現実界》だけの顔     織田信長:《想像界》《象徴界》《現実界》の3界がある顔

比較してみると、《想像界》《象徴界》《現実界》の3界を持って、それを統合している織田信長の顔は、優れています。

この織田信長を、Aさんは先入観だけで《現実界》だけの人格と分類したのですが、このような一般的なイメージで判断するという、そのような思考形式そのものが問題なのです。みずからの思考形態そのものを疑わないと、学問や哲学は始まらないのです。

現在のプラズマ化した時代は、本質的な分裂が起きています。この変化を歴史的に簡単に説明すると、次の様になります。


近代以前というのは、社会全体が、氷河のように凍り付いているのです。分かりやすく言えば、封建制という構造になっているのです。これが水というH2Oの比喩でいうと、氷だと言うことです。

産業革命で、温度が上がって液体の水に様態変化します。歴史の流れが、液体の川が流れるように、速くなります。液体になるだけでも、実は多くのものが分離します。たとえば織田信長のような武士は、刀を失い、髷も失い、禄も失います。

さらに、温度が上がると水蒸気になって、気体化します。気体になると、さらに多くのものが分離します。芸術で言えば《原-芸術》《芸術》《反-芸術》《非-芸術》《無-芸術》という分裂をします。

さらに温度が上がるとプラズマになって、水分子は完全に電離し、陽イオンと電子に別れて自由に運動するようになります。それが現在です。この段階で、たとえば自由民主党が劣化するし、日本経済は財政破綻常態になってきているし、福島原発事故が起きるし、世界的に経済不安が深刻化しています。

こういう現在のプラズマ化した時代には、《想像界》だけの人間とか、《象徴界》だけの人格者、そして《現実界》だけの人が、本当に存在して生きているのです。もちろん、3界の統合性を持っている人もいます。先日福島県に行きましたが、人間が良くて、みんなまともな人格構造を持っているので、ほっとしました。

東京の様な都会になると、付き合うのに悩むような欠損のある人物が多くなります。

しかしこの様な不完全な人格こそが、ある意味で進化したプラズマ様態の文明であると言えるのかもしれません。

こういう本質的な分裂の中で、芸術もまた統合性を失って、《想像界》だけの芸術、《象徴界》だけの芸術、《現実界》だけの芸術という風に、分裂をしてきているようです。
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● COMMENT ●

個人的に大分、氷解する所がありました。昔から分裂していたわけではないのですね。最近の歌で各界しか使えていない人の疑問のような歌をたまに見まして、なんで今更そういうことになっているのかと疑問でした。新しい人間としていき、関係を作ってといると。そこでふるまう人間に共通するものはあるにせよ、人生の苦や思い浮かび悩む性質はそのプラズマなどの関連でも変わっている部分ですか。しかし社会がプラズマに進んでも個人では固体や気体など違った人間が同時にいますよね。というか生まれた時から変わらないのですか?時代が変わるといっても変わることに対応している部分で人格が生きているとはどういうことなのか疑問でした。

狩野永徳の織田信長http://hikosaka2.blog.so-net.ne.jp/2009-12-09


少し長いですが、

彦坂尚嘉の《第6400次元》アートから
http://hikosaka5.blog.so-net.ne.jp/2011-05-13-2#more

6400次元というものは、何なのだろうか?
このことは、別のブログで、丁寧に書いて行きたいとは思います。

小学生にでも分かりやすく言うと、普通に現実を見るまなざしであると言えます。つまりファンタジーとして現実を見るのではなくて、重層的な現実を、事実は事実として見て行く努力をする事です。その視覚は、奇妙な事に、バーチャルリアリティの向こう側に存在しているのです。
「事実を見る」ということは、たいした事ではないのですが、そんな当たり前のことを見て行く事がむずかしかったという事よりも、そういう事を自覚化することがむずかしかったように思います。
実際には大多数の人間は、実は多くの事を見る事が嫌で、嫌な事は見ないで、ファンタジーを見ています。そして浅く狭く見て生きているのです。そのことは、しかし非難や否定はできないのです。どのように浅く狭く短く生きようとも、全てが肯定される必要があるのです。つまり表現としての美術作品は、単一ではなくて複数制作される必要があります。少なくとも2つある必要があるということになります。
二つというのは、他者に向かって、他者が求める「浅さ」であるイメージをつくることと、自分自身が「深く」瞑想する美術作品です。《超次元》〜《第6400次元》まである美術は、多くの人に好かれるものではないのです。



彦坂尚嘉 Naoyoshi HIKOSAKAの《第6400次元》 e-learning ArtStudy6400
http://kb6400.blog38.fc2.com/blog-entry-482.html

栃原比比奈の絵画は、グリンバーグの言うところのオプティカル・イルージュンの絵画です。しかし《超次元》~《第163万8400次元》あって、その心的な空間は非常に深­いのです。
《第1次元 社会的理性領域》だけの絵画に比べると、非常に下品なものの持っている絵画なのです。第401~6400次元のバーチャル領域から、第6401~第163万8400次元と­いうのは、いわゆる「霊界領域」までの深さを持っています。そういう深さを、ハイアートというモダニズムの視点から見ると、くだらなく見えるのかもしれません。しかし今日の情報化社会の絵画の新しさを切り開いているものだと思います。


彦坂尚嘉 Naoyoshi HIKOSAKAの《第6400次元》 e-learning ArtStudy6400
http://kb6400.blog38.fc2.com/blog-entry-389.html

『美術の3万年』という本で見ていくと、エジプト文明などの、いわゆる農耕を初めての文明が発生する以前の原始美術を見ると、《想像界》だけの美術品ですが、そこには「《超次元》~《第6400次元》までの多層性があります。
ところがエジプト文明が出現すると《象徴界》で、しかも《第1次元 社会的理性領域》だけのある美術作品がエジプトに出現するのです。
つまりエジプト文明が発生すると、《第1次元 社会的理性領域》だけの《象徴界》が発生するのです。
が、《象徴界》の《第1次元 社会的理性領域》だけの美術が出現すると、《想像界》にも変化が起きます。
このエジプト文明以降の《想像界》の美術を見ると、《第6次元 自明性領域》だけの単層の美術品が出現するのです。その代表が日本の中期縄文の火炎式土器です。
つまり、人類史の本来の《想像界》というのは《超次元》~《第6400次元》という多層性があったのですが、文明が出現して《第1次元 社会的理性領域》の単層だけの《象徴界》が出現すると、《想像界》は《第6次元 自明性領域》だけの単層になったのです。
しかし原始美術とか、プリミティヴアートの《真性の芸術》作品は、
《想像界》だけではありますが、《超次元》~《第6400次元》ある多層のものにこそ、
人類史の起源の秘密を秘めた意味があるのです。
《想像界》で《第6次元 自明性領域》だけの単層の原始美術というのは、
ニセの原始美術であり、つまりキッチュ化した原始美術なのです。
そのことは、今日の《想像界》だけの人々の精神にも言えて、《第6次元 自明性領域》だけの単層の薄い精神性になっているのです。
つまりこのエジプト文明の出現が、人類の精神を大きく変えたのです。つまり《象徴界》というものを理解するには、このエジプト文明と、それ以前の自然採取段階の原始生活の差を理解しないと、理解が不十分になると言うことになります。



今までの制度の発端はこの見える範囲を変えようという発想の次元において作られる潮流に関係があるのですか?政策の一個一個についても分析は適用可能なのですか?と疑問を二つ追加。
大久保利通等についても鑑定をお願いしたいです。

後、直接関係ありそうな説明は
《想像界》についてhttp://kb6400.blog38.fc2.com/blog-entry-317.html
小沢氏「私は無罪だ」 陸山会事件結審、判決4月26日http://kb6400.blog38.fc2.com/blog-entry-386.html

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: タイトルなし

A様

> 狩野永徳の織田信長http://hikosaka2.blog.so-net.ne.jp/2009-12-09

ありがとうございます。
自分のブログにあったのですね。

> 今までの制度の発端はこの見える範囲を変えようという発想の次元において作られる潮流に関係があるのですか?

上の質問は、日本語として意味がとりにくいです。

>政策の一個一個についても分析は適用可能なのですか?と疑問を二つ追加。

面白い質問をありがとうございます。
小説や詩は、言語判定法をつかって芸術分析できます。
政策を分析しようとは、一度も思ったことが無かったですが、チャンスがあれば試してみたいとおもいます。

> 大久保利通等についても鑑定をお願いしたいです。

大久保利通ですか。
これも面白いですね。

Re: タイトルなし

A様

読んでくださって、
ありがとうございます。

彦坂尚嘉

> 後、直接関係ありそうな説明は
> 《想像界》についてhttp://kb6400.blog38.fc2.com/blog-entry-317.html
> 小沢氏「私は無罪だ」 陸山会事件結審、判決4月26日http://kb6400.blog38.fc2.com/blog-entry-386.html

Re: タイトルなし

> このエロ動画は、163万次元ではないですか?
> http://www.tubes2.com/show-page/950320/tuesday-gets-sleep-fucked.html

A様

エロ《第21次元》です。

彦坂尚嘉

163万次元だと、目に見える政策を作るというより小沢一郎のように自分が総理大臣になって仕事をするというより、サポートなのかなんなのか調整役のような場づくりを行うことになっていくのではないかと。
小沢一郎が好むジョージ秋山さんの浮浪雲という漫画を読みますと見えているものがそういう気がします、小沢一郎について調べていないので適当な先入観です。第6401~第163万8400次元は前提の場づくりに関わる話でその場に支えられて内部で打ち出されるのが6400次元などそれ以内の範疇に関わる場所という性質もあるのではないのかと思いつきました。

法律の文章や、設計図などが分析できれば見たようなものとしてできそうなのではないですか。

>《国家》の意識空間である。
《万能感》のある人格である。

象徴界が一次元ということからほかの超次元の能力についていけなかったからでしょうか。また国家という縮小している?為なのか。

>エロ《第21次元》です。
適当に映像の色などで見るとダメですね(笑)意識を幅まで使っている感覚しませんでしたし。163万あたりのAVなんてあるのですか?

Re: タイトルなし

> 163万次元だと、目に見える政策を作るというより小沢一郎のように自分が総理大臣になって仕事をするというより、サポートなのかなんなのか調整役のような場づくりを行うことになっていくのではないかと。

政治という領域の問題は、簡単には言えませんが、歴代の総理大臣を見ていくと、超一流の政治家が何人もいるのです。

> 法律の文章や、設計図などが分析できれば見たようなものとしてできそうなのではないですか。

法律というものや、政治に対して基本的な誤解があるように思えます。


> >《国家》の意識空間である。
> 《万能感》のある人格である。

「大憲章(マグナ・カルタ)」の成立のプロセスを見れば、それは万能感を持った絶対王権を規制すると言うところにあったのです。


> 象徴界が一次元ということからほかの超次元の能力についていけなかったからでしょうか。また国家という縮小している?為なのか。

ちょっと意味不明です。


> >エロ《第21次元》です。
> 適当に映像の色などで見るとダメですね(笑)意識を幅まで使っている感覚しませんでしたし。163万あたりのAVなんてあるのですか?

第6401次元から163万8400というのは、大霊界です。

>象徴界が一次元ということからほかの超次元の能力についていけなかったからでしょうか。また国家という縮小している?為なのか。
万能感を抱いた理由として、象徴界が一次元であるために超次元でなら理解できるかどうかの大きな変化を作っていく動きに対応しきれなく、常識内においてだけ想定してうまい交代劇が作れなかった為に、本能寺の変が引き起こされる要因になったのでしょうか。気晴らし人格ですし。
他に幻想録で出てくる先駆者という概念も理由として関わっているのかもしれませんと妄想。

>第6401次元から163万8400というのは、大霊界です。

テレビで霊視をされている、三輪さん等はどうなっているのですか。霊界がいつできたのか知りませんが立証されるなら何らかの対策が制度として作られるのでしょう。
気功や太極拳などの生命エネルギーどうこうの話は霊界の話?例えば意識が集中していっていく変化を感じ取っていく体感は観察対象になるのですか?ものをはさまないと無理ということなのかな。頭の動きでここは何何次元の内容理解に関する思考と道わけされてあるのでしょうか。なんかもう別の話だ。

贋作と本物の違いなど。例えばゴッホの偽物を感動したとかいった批評家の人など。次元が低くても、意味が現れて読み解ければ良しとされるのか。本物でなければ表現理解の用が足りないのか。




上の動画は気分を害す人がいそうな気がしましたので隠してコメントしましたが、見ない方がいいと思います。

Re: タイトルなし

A 様

> >象徴界が一次元ということからほかの超次元の能力についていけなかったからでしょうか。

そういう解釈もありますね。

>また国家という縮小している?為なのか。

別に縮小していないですよ。
この時代にグオーバルであると言う事は、ないでしょう。

> 万能感を抱いた理由として、象徴界が一次元であるために超次元でなら理解できるかどうかの大きな変化を作
っていく動きに対応しきれなく、常識内においてだけ想定してうまい交代劇が作れなかった為に、本能寺の変が引き起こされる要因になったのでしょうか。気晴らし人格ですし。

万能感というのは、この織田信長の生きた乱世であれば、社会が秩序としては形成されていないし、武将の子供として生まれれば、持っていても当然ではないでしょうか。

> 他に幻想録で出てくる先駆者という概念も理由として関わっているのかもしれませんと妄想。

> >第6401次元から163万8400というのは、大霊界です。
>
> テレビで霊視をされている、三輪さん等はどうなっているのですか。霊界がいつできたのか知りませんが立証されるなら何らかの対策が制度として作られるのでしょう。

三輪明宏のことは、私はよくしりません。
彦坂が言っているのは、あくまでも個人の心的領域の中で、下層の古い記憶の領域にあるものを指しているということです。

> 気功や太極拳などの生命エネルギーどうこうの話は霊界の話?例えば意識が集中していっていく変化を感じ取っていく体感は観察対象になるのですか?ものをはさまないと無理ということなのかな。頭の動きでここは何何次元の内容理解に関する思考と道わけされてあるのでしょうか。なんかもう別の話だ。

私の測定しているのは、人間の心的領域が、鏡像であると言う事。2枚の合わせ鏡の作り出す鏡像として多層の空間があると言うことを言っているのです。

> 贋作と本物の違いなど。例えばゴッホの偽物を感動したとかいった批評家の人など。次元が低くても、意味が現れて読み解ければ良しとされるのか。本物でなければ表現理解の用が足りないのか。

何を言っておられるのか良くわかりませんが、偽物に感動すると言う現象は、普通に良くある事です。


> 上の動画は気分を害す人がいそうな気がしましたので隠してコメントしましたが、見ない方がいいと思います。


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プロフィール

New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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