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2017-06

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ジェフ・クーンズの絵画 - 2012.05.18 Fri

koons_image.jpg

        【続きは下記Read Moreをクリックしてください。】 このジェフ・クーンズの絵画を、あなたは、どう思うのだろうか?
普通に見れば、キッチュで下品な絵画と思うだろう。

イメージで判定すれば、この絵はキッチュなのだろうが、言語判定法では、キッチュではない。唇のピンクのいろなどのケバさが、キッチュを思わせるのだが、しかしキッチュというのは、大衆的な賛同を努力無しで得られる表現であるのである。中華街にあふれる赤い色のケバさや、韓国の3原色のケバさは、そのような大衆的な色彩ではある。

しかし、ジェフクーンズの絵画は、そのような大衆性は無い。むしろ逆であって、大衆的な賛同を超えた奇妙な世界が展開されているのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一枚の絵画を見たときに、それを良いと考えるか、良くないと考えるかは、実は人それぞれであって、意見の一致を見るのはむずかしいのである。

morandistill.jpg

たとえば、イタリアのモダンディの絵画が好きな人々がいる。抑制された色彩が好まれるのだが、しかしもランディの絵画は、実は《第6次元 自然領域》の売り絵であって、芸術性はなくて、デザイン画に過ぎない。私自身は、神奈川近代美術館で開催されたモランディ展も見たし、イタリアのボローニャの中心に当たるマッジョーレ広場に面した市庁舎の3階にあるジョルジョ・モランディ美術館にも、わざわざ行って見ているが、すぐれた芸術絵画だとは思えないのである。しかしこうした商業的な売り絵のデザインに、多くの人々は「芸術」を感じるのである。

多様な意見に分かれる現象そのものを、私は肯定するけれども、そのことと、芸術の専門家の意見としての自分の判断は別のことなのです。

つまり多くの人はモランディの絵画に芸術を感じるけれども、それは素人の幻想であって、実は商業的でデザインに過ぎないイメージなのである、と、私は考えるのである。

多くの人は、真剣には芸術について考えていないし、勉強もしていないのである。そしてそうした素人の先入観を通して見れば、モランディは上品あ芸術絵画であって、ジェフ・クーンズの絵画は、下品なキッチュに見えるのである。しかしそれはあくまでも不勉強な素人の考えであって、駄目だというのは私の考えなのです。

反対に、多くの人は、専門家の意見というものの存在はあるが、それは無視して、素人の意見こそが重要な芸術に対する判断だと考えているのです。極論すれば玄人の判断は無視して、素人の判断こそが正しい判断であると信じているのです。その強い確信が、今日の世界を作っているのです。

先日のポロック展でも、あれを見て、良くないものばかりを持ってきたひどい展覧会だと学生に語ったというある美術大学の教授の話も聞いているけれども、それはそれで自由な意見だと思うけれども、私は、非常に良い展覧会であり、良い作品であったと思います。あの展覧会や、ポロックの絵画を理解できない人は、芸術の専門家ではないし、勉強をしていない人だと、私は、とりあえず考えるのです。

そして、すべて述べたように、このジェフ・クーンズの絵画を、私は良い作品だと思うのです。

良い作品だと思うのですが、それがしかし現在の日本の美術界や芸術界の中では、少数派で、孤立しているであろうとも感じるのです。

それは同時に、今の日本の美術界の芸術判断で高い評価を得ている作品について、私の意見は違っていると言うことでもあります。

正直に言えば、どちらにしろ、私自身の芸術判断は、非常に孤立していると言うことです。その大きな原因は、言語判定法をつかった芸術分析によります。その方法が、多くの人の判断との違いを作っていると同時に、私自身の判断が、自分に納得の行くものになっていると言うことです。それが自己満足に過ぎないのか、それとも普遍性を持っているものなのか?

孤立感を感じながらも、私は、自分の芸術分析とその判断に信頼と満足を持っています。

というわけで、むずかしい説明になりますが、このジェフ・クーンズのペインティングの良さを書いていこうと思っています。
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● COMMENT ●

はじめまして。
以前から彦坂様のブログを読んでいて素人の私なりにひとつ気付いた事を質問させて頂きたくコメント致します。
私は彦坂様の言語判定法は理解していませんし各学問に関する知識も持ち合わせていないので上手く伝わるか分かりませんが
彦坂様は特に絵画において三層以上の構造を持っているものを優れた芸術であると判断しておられるのではないかと感じます。
構造と言っても様々な成立の仕方があるので一括りに語る事は出来ませんが今回のジェフクーンズの絵画とダヴィンチのモナリザはかなり近い構造で成立していますよね。
一方でカラーフィールドペインティングと言われるものはすべて一層、もしくは二層の構造になっています。
三層以上になると当然複雑化しますから正しく理解出来る人間も少なくなります。モランディも非常に単純な構造ですね。しかし多くの人間にはこれが心地の良い調和に感じるのでしょう。もっといえば像が歪んでいる所に現実との乖離=理解出来ない=芸術性という錯覚が生じると推測出来ます。
私にはモランディはただの絵葉書にしか見えません。

ただ私には今回のジェフクーンズが優れているとはどうしても思えないのです。
上にモナリザとかなり近い構造と描きましたが逆に言えば厳密には同じではないという事です。
今回の作品は三層で成立していますがモナリザは三層+αで成り立っています。四層ではありません。全く別の要素が加わっているという事ですね。
この+αは最近ニュースになったプラド美術館の模写と真作との差と言えば彦坂様ならピンとくると思います。

何かご意見頂ければ幸いです。
それでは失礼致します。

http://hikosaka4.blog.so-net.ne.jp/_pages/user/iphone/article?name=2011-02-04-5
このときに比べるといろいろと変化してますね。ポロックも芸術ではないといってる。

Re: タイトルなし

> http://hikosaka4.blog.so-net.ne.jp/_pages/user/iphone/article?name=2011-02-04-5
> このときに比べるといろいろと変化してますね。ポロックも芸術ではないといってる。

高木様

ポロックの作品の中で、グリンバーグが一番評価したとされる五尋の深み/Full Fathom Five(1947)(ニューヨーク近代美術館)は、私は《原芸術》《芸術》《反芸術》《非芸術》は無くて、しかし《無芸術》《世間体のアート》《形骸》《炎上》《崩壊》の概念梯子は有る作品だと思います。


話がむずかしいですが、つまり《無芸術》の作品であって、評価がむずかしい作品であると思います。

simomura って人は多分圧迫感の違いで価値判断も含めてしているのではないのかなと思いますが。


「芸術」がないって、行動や身体性等の接触を含まない部分で稼働している部分での気づきを表現をしているのかなと思います。人間生活を含まない。仮に「精液と血」で考えるなら。人間は「人格」があるために、その人格の層の分で喜びと苦しみがあるだとかまざりあってるだとか。ちょっと適当ですが(笑)

>「芸術」がないって、行動や身体性等の接触を含まない部分で稼働している部分での気づきを表現をしているのかなと思います。

全然違いました。
http://hikosaka2.blog.so-net.ne.jp/2009-11-19-1


意識の流れというとジェームズジョイス思い浮かべますけど。時間軸が対象に含まれることによって、アインシュタインの相対性理論で時間を含んで考える余地ができていたということですか。
別の様態の学問が理解できないとか抵抗があったりと。でも作り上げられたリテラシーの内部で各様態に応じてふるまうとして。様態によってみるところが違っていて、その時代の状況を感じ取っていっているわけで
過去に押し返すかのように見えてきたりと。
でも人格の分裂自体はしているように絶対零度や固体とは言え文脈の発達は持っている。やっぱ昔の人間と比べると違うものであると思います。その違いは何で決まるのか、脱構築とか弁証法の話につながる?かな。
人間はどこまで発達できるのか。というその人の文化の背景で決まるとしてその人間はどこに向かっているのか。

Re: タイトルなし

高木様

コメント、ありがとうございます。
むずかしいコメントなので、分かるところだけお返事させていただきます。

> >「芸術」がないって、行動や身体性等の接触を含まない部分で稼働している部分での気づきを表現をしているのかなと思います。
>
> 全然違いました。
> http://hikosaka2.blog.so-net.ne.jp/2009-11-19-1

上記のサイトにあるポロックの『5尋の深み』に対する評価が、当時と今とでは変わっています。変わったことは認めるので、その辺の原因と、言語判定法の精度の問題はあります。しかし精度で言えば、100%の確率というのは、どのような測定技術でもあり得ないので、変化した場合には、それを認めることから始め直したいと思います。

> 意識の流れというとジェームズジョイス思い浮かべますけど。時間軸が対象に含まれることによって、アインシュタインの相対性理論で時間を含んで考える余地ができていたということですか。

文学で起きていることと、物理学での事象を、単純につなげて考えることは、原理的には出来ません。

彦坂尚嘉が言っている《液体化》というのは文明の様態変化を言っているので、それを時間軸の導入という風にショートさせることも間違いです。

つまり原始時代においては絶対零度で、アボリジニの生活が5万年変わらなかったと言うような言い方が可能であったとしても、その変化の少ない生活においても物理学が言うところの時間軸は存在しているのです。言語をなるべく精密に使っていかないと、ショートだけしていて、それは思考とは言えないものになります。

> 別の様態の学問が理解できないとか抵抗があったりと。

「別の様態の学問」という言い方は、むずかしいです。
もともと近代的な意味での学問の成立というのは、液体の様態しかあり得ません。

”固体の様態の学問”というのは、学問の先駆的なものとしては有るでしょうし、また学問の退化としても有るでしょうが、そういうものです。

”学問の気体化”とか、”学問のプラズマ化”というものも、たとえばファイヤアーベントの科学哲学のようなものを思い浮かべるとあり得ますが、それを学問ではないとは言えませんが、伝統的な意味での学問を超えてしまっているように思います。

>でも作り上げられたリテラシーの内部で各様態に応じてふるまうとして。様態によってみるところが違っていて、その時代の状況を感じ取っていっているわけで
> 過去に押し返すかのように見えてきたりと。

リテラシーというものが、作り上げられるのかどうかは、言葉の厳密な意味ではむずかしいです。つまり言葉とか、書き文字というものが、作り上げられたと言う風に言えるものであるとは思えません。

過去に押し戻す場合に、その時代を感じ取ってはいるのは、ご指摘のように確かだと思います。

> でも人格の分裂自体はしているように絶対零度や固体とは言え文脈の発達は持っている。やっぱ昔の人間と比べると違うものであると思います。その違いは何で決まるのか、脱構築とか弁証法の話につながる?かな。

ご指摘の様に違うものダと思います。
しかし様態的には同じで、退化というのは、退化であって、それ以上のものではありません。
進化があれば、同時に退化があるというのが原則です。

> 人間はどこまで発達できるのか。というその人の文化の背景で決まるとしてその人間はどこに向かっているのか。

進化そのものは、盲目的なものであルと思いますが、しかし奇妙なまでに狂気と整合性を併せ持っているもののように見えます。

Re: タイトルなし

> simomura って人は多分圧迫感の違いで価値判断も含めてしているのではないのかなと思いますが。
>
>
> 「芸術」がないって、行動や身体性等の接触を含まない部分で稼働している部分での気づきを表現をしているのかなと思います。人間生活を含まない。仮に「精液と血」で考えるなら。人間は「人格」があるために、その人格の層の分で喜びと苦しみがあるだとかまざりあってるだとか。ちょっと適当ですが(笑)

高木様

ちょっと、何を言っているのかが分かりませんでした。
すみません。

彦坂様

コラージュ空間の構成は興味があります、
私も実験的に作品を制作しようと思っています。

ジェフ・クーンズのペインティングの良さ、
是非続きを読みたいです。

こういう精神に効くという音楽はどうですか。ヘミシンク
http://www.youtube.com/watch?v=zpgbBEi0GHg

神秘に関係して幽体離脱に研究科のロバートモンローって人もお願いします。スピリチュアル系の人って何か違う表情してます。



>全然違いました。
>ちょっと、何を言っているのかが分かりませんでした。
すみません。

そっちもそうでしたが、「芸術」がないとか~、の説明はそういうわけではないなと自己否定です。
次元がある分の特性として、色々経験して喜びや苦しみが生まれるとかです。


>つまり原始時代においては絶対零度で、アボリジニの生活が5万年変わらなかったと言うような言い方が可能であったとしても、その変化の少ない生活においても物理学が言うところの時間軸は存在しているのです。言語をなるべく精密に使っていかないと、ショートだけしていて、それは思考とは言えないものになります。

意識の流れてるというのは、その当人の主観では
アインシュタインのwikiから、
自身が構築した相対性理論に関しては、「熱いストーブの上に1分間手を当ててみて下さい、まるで1時間位に感じられる。では可愛い女の子と一緒に1時間座っているとどうだろう、まるで1分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性です」
っていうのが体感の違い自体を自覚?で感じて着目している人たちなのかと思いました。近代人は暗黙にこういうことを想定して踏まえて行動している人たちかなと。こういう意味での時間です。でこういう視点で書かれている小説ならば関係がある気がします。
言葉には気をつけます。整頓して作った文章が全く理解されない不安もあるのですがこれは単にいつまでも続くモチベーションのような不安で、実際の頭を使っている部分と横に並んではいるが、別個の働きなのでしょう。


>つまり言葉とか、書き文字というものが、作り上げられたと言う風に言えるものであるとは思えません。

>進化そのものは、盲目的なものであルと思いますが、しかし奇妙なまでに狂気と整合性を併せ持っているも
ののように見えます。

人間は環境をより良くしていこうと説明するために言葉がサインとして必要とされたり、経験によって理解したことを伝えたり、その時代の人間で経験できる欲望に合わせてしか世界はかえれないためではないでしょうか。次元の問題や課題に合わせてといってもいいのか。

様態の中に生まれた文化との馴染み方や出来事の登場によって今があると。その様態に合わせてふるまっている人間に適応しながら他者の欲望としての問題解決を追求することによって発達はなされるわけで。皆なんらかの背景を背負っての人しか成立しないのではと思います。その文化内の視点からしか欲望やアドバイスは生まれないとか。そのかつての文脈の視点に対しては今の自分の文化から対応できるなど。コミュニケーションができる理由みたいなものですか。


>しかし様態的には同じで、退化というのは、退化であって、それ以上のものではありません。
進化があれば、同時に退化があるというのが原則です。

本当に退化なのでしょうか。先祖代々うちは固体人格とのみ結婚して固体人格として生きてきた家ですとかいうのもあるのでは。

Re: タイトルなし

negaDEATH13

> コラージュ空間の構成は興味があります、
> 私も実験的に作品を制作しようと思っています。

コラージュ空間そのものは、近代の空間だと思います。
情報化社会の場合、プラズマ化によって、もっと過激になります。
その代表はラップとか、サンプリングですね。

山口俊郎君が、新作をコラージュで作ってきたのですが、作品はプラズマ化していました。その意味でも有効だと思います。

> ジェフ・クーンズのペインティングの良さ、
> 是非続きを読みたいです。

私も書きたいです。
頑張ります。

Re: タイトルなし

高木様

> こういう精神に効くという音楽はどうですか。ヘミシンク
> http://www.youtube.com/watch?v=zpgbBEi0GHg

この手の音楽は沢山有ります。
《想像界》だけの《第6次元 自然領域》で、デザインです。

> 神秘に関係して幽体離脱に研究科のロバートモンローって人もお願いします。スピリチュアル系の人って何か違う表情してます。

この人も大霊界の人です。
《想像界》で6401~163万8400で、大霊界。
《象徴界》で《超次元》~《第163万8400次元》
《現実界》で6401~163万8400。
《サントーム》はありません。

みんな、この手の人物は、かなり共通していますね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

> >全然違いました。
> >ちょっと、何を言っているのかが分かりませんでした。
> すみません。
>
> そっちもそうでしたが、「芸術」がないとか~、の説明はそういうわけではないなと自己否定です。
> 次元がある分の特性として、色々経験して喜びや苦しみが生まれるとかです。
>
>
> >つまり原始時代においては絶対零度で、アボリジニの生活が5万年変わらなかったと言うような言い方が可能であったとしても、その変化の少ない生活においても物理学が言うところの時間軸は存在しているのです。言語をなるべく精密に使っていかないと、ショートだけしていて、それは思考とは言えないものになります。
>
> 意識の流れてるというのは、その当人の主観では
> アインシュタインのwikiから、
> 自身が構築した相対性理論に関しては、「熱いストーブの上に1分間手を当ててみて下さい、まるで1時間位に感じられる。では可愛い女の子と一緒に1時間座っているとどうだろう、まるで1分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性です」
> っていうのが体感の違い自体を自覚?で感じて着目している人たちなのかと思いました。近代人は暗黙にこういうことを想定して踏まえて行動している人たちかなと。こういう意味での時間です。でこういう視点で書かれている小説ならば関係がある気がします。

上記の事は理解できます。同感です。


> 言葉には気をつけます。整頓して作った文章が全く理解されない不安もあるのですがこれは単にいつまでも続くモチベーションのような不安で、実際の頭を使っている部分と横に並んではいるが、別個の働きなのでしょう。
>
>
> >つまり言葉とか、書き文字というものが、作り上げられたと言う風に言えるものであるとは思えません。
>
> >進化そのものは、盲目的なものであルと思いますが、しかし奇妙なまでに狂気と整合性を併せ持っているも
> ののように見えます。
>
> 人間は環境をより良くしていこうと説明するために言葉がサインとして必要とされたり、経験によって理解したことを伝えたり、その時代の人間で経験できる欲望に合わせてしか世界はかえれないためではないでしょうか。次元の問題や課題に合わせてといってもいいのか。
>
> 様態の中に生まれた文化との馴染み方や出来事の登場によって今があると。その様態に合わせてふるまっている人間に適応しながら他者の欲望としての問題解決を追求することによって発達はなされるわけで。皆なんらかの背景を背負っての人しか成立しないのではと思います。その文化内の視点からしか欲望やアドバイスは生まれないとか。そのかつての文脈の視点に対しては今の自分の文化から対応できるなど。コミュニケーションができる理由みたいなものですか。
>
>
> >しかし様態的には同じで、退化というのは、退化であって、それ以上のものではありません。
> 進化があれば、同時に退化があるというのが原則です。
>
> 本当に退化なのでしょうか。先祖代々うちは固体人格とのみ結婚して固体人格として生きてきた家ですとかいうのもあるのでは。

退化の問題に対する疑問は、分かります。
お説の面もあると思います。
その辺は、各自意見が違って良いのではないでしょうか。

彦坂様

>コラージュ空間そのものは、近代の空間だと思います。
>情報化社会の場合、プラズマ化によって、もっと過激になります。
>その代表はラップとか、サンプリングですね。

確かにそうですね。
コンピューターの登場、以前以後、ではまったく違いますね。

国内では昨年、梅ラボ問題(アーティスト梅沢和木が、ネット上に掲載されている他の若手アーティストの作品を無断で大量に使用したデジタルコラージュ作品を作った事で、ネット上では大問題になった事件)が起こるなど、盗用問題も過激さを増しているように思います。

>山口俊郎君が、新作をコラージュで作ってきたのですが、
>作品はプラズマ化していました。その意味でも有効だと思います。

話だけはご本人から伺っております。
是非拝見したいですね。

>私も書きたいです。
>頑張ります。

はい、宜しくお願いします。

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Re: タイトルなし

高木様

コメントありがとうございます。
アスペルガーの動画は、ブログで紹介させていただきます。

彦坂尚嘉

> 色々忙しそうな中、返答ありがとうございました。
>
>
> >退化の問題に対する疑問は、分かります。
> お説の面もあると思います。
> その辺は、各自意見が違って良いのではないでしょうか。
>
> 調査によってわかるかもしれません。今後、彦坂さんの視点を発達させていく人が出てくるのか興味深いです。僕も知っていることや気づきを繋げて発達させようと思います。人生あと何人見れて状況によって何を考えるようになるのか等、人間は有限の中に生きているのでその中でどう動きまわり仕事ができるのか考えて生きていきたいと思います。
>
>
> 分裂の時代には今までなかった人が現れ社会常識からずれた人を病名の区分がされることがありますが、
> これにはサントームのみの人も区分されているのかもしれません。
> http://www.dailymotion.com/video/xa1bk0_20090530-yyyyyyyyyyy-yyyyyyyyyyyy-1_tech
> こういう動画を彦坂さんのブログに張って説明されることがプライバシーにかかわるのかどうかわかりませんので、隠しコメントにします。


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プロフィール

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Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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