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2017-03

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第58回「ラカンと美術読書会」のご案内 - 2013.02.17 Sun

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第58回「ラカンと美術読書会」のご案内
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私は1979年からラカン系の精神分析を読んで来ています。精神分析を読むと言うことは、私の精神が病んでいて失調を来していたからです。この頃の私の脳天気な顔を見ると、少しはまともそうには見えますが、そんなことは無くて、あいかわらず、どうしようもない人間であり続けています。あり続けることで、透徹はしてきています。

さて、ラカンを読んでいると、分かることは、難しい。何を言っているのか分からないと言うことです。解説書で読むラカン理論は、簡単に言えば、嘘です。それはラカンの解説書に限らず、あらゆる分かりやすい解説書は、嘘です。


【続きは下記Read Moreをクリックしてください。】

 そんなに難しいジャック・ラカンを何のために読んでいるのかと言えば、仏教の経典と同様で、御利益があるからです。何の御利益があるかと言えば、難しい哲学者や思想家は、極めてむずかしいと言うことが分かることです。誰にも理解できないものが、この世界には存在していて、それが人間の本質であり、真理であることです。理解することの不可能性というのは、重要な事なのです。

この読書会で読みつないできた『無意識の形成物』が〈下〉巻に来て、後半年くらいで読み終わりそうになって来ています。凄い! 

読書会に参加する方は、最盛期には30人近くになりましたが、難しいので、さすがに減ってきています。それは私に対する失望も大きくあると思いますが、しかし人生を生きるのは難しいのであって、何か簡単な答えがあるわけでは無いのです。どれほどに参加者が減っても、最後まで読み続けます。そういう簡単なことをしたいと思います。
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皆様

余寒の候
ラカンと美術読書会連絡係りの加藤 力と申します。
ご案内させていただきます。
宜しくお願いいたします。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
第58回「ラカンと美術読書会」のご案内
日時 2月22日 (金)18時30分 ~ 2時間程度
場所 立教大学(池袋) 
   18号館(ロイドホール)
   5階 L509号室 彦坂研究室
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ラカンと美術読書会」とは下記の2人が共催する読書会です。

彦坂尚嘉(日本ラカン協会幹事、立教大学大学院特任教授、日本建築学会会員、
美術家)
武田友孝(元・東京スタデオ、インデペンデント・キュレーター)

ラカン『無意識の形成物〈下〉』と、
月代わりで選出される美術本の読書会です。

2007年8月より月一回のペースで開かれています。
ごくごく初歩的な読書会で何方でも参加できます。
どうぞお気軽にご参加下さい。

テキスト
◎ラカンは『無意識の形成物〈下〉』 (岩波書店)
●美術は 世界写真全集 1 ファインアート(集英社)
  ○入門書入門は 斎藤環著『生き延びるラカン』(2)
  
  参加費 無料(コピー代のみ実費で頂きたくお願いいたします)
テキストは特に準備なさらなくても、こちらでコピーを用意いたします。

※ 研究会は夕食時に重なりますので、
  各自はあらかじめ軽食や飲み物を 
  適当に用意して来て頂ければ幸いです。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「立教大学 彦坂研究室への道順」
読書会の場所が55回より変更になりました。
立教大学内ですが、少し行き方が難しくなりましたのでご注意下さい。

池袋駅西口方面へ
西口の階段は登らずに、地下商店街の通路を歩きC3出口から立教通りへ。
駅から歩いて行くと、左手に立教大学の正面のツタの生えた建物が見え、その先
に正門
が見えます。
正門を通りすぎ、しばらく行くと左手に三角屋根を持つビルが見えてきます。
正門の次の入口を入り、右手すぐの建物に入ります。
この建物は12号館(図書館)です。中に入ってすぐに左に曲がります。
右手はガラス張りで図書館が見下ろせます。
右側一つ目の角を曲がります。ちょうど図書館に沿った回廊のようになった廊下
です。
両側がガラス張りです。
廊下を抜けると図書館の入口吹き抜けに出ます。
吹き抜けをまっすぐ突っ切り、18号館(ロイドホール)に入ります。
入ってすぐの左手にスケルトンのエレベータがあります。それで5階に行きま
す。
L509号室が彦坂研究室です。

分からなければ、彦坂の携帯に電話して下さい。
080-4346-1358(彦坂)
070-6654-3330(加藤)
正門まで迎えにいきます。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
詳しい行き方は以下よりお願いします
立教大学のサイト
http://www.rikkyo.ac.jp/
一番上のバーに交通アクセスがあります。

ページ中程に池袋キャンバスへの道順が、あります。
http://www.rikkyo.ac.jp/access/pmap/ikebukuro.html

キャンバスマップがあります。
http://www.rikkyo.ac.jp/access/ikebukuro/index.html
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
申込・問合せ先:加藤 力(美術家、臨床美術士)
           E-mail:sp5g7d99@axel.ocn.ne.jp          
           FAX:0467-48-5667
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● COMMENT ●

翻訳でラカンを読むのも結構ですが実際にラカン派の分析医に分析を受けたらいかがでしょうか?
これは別に馬鹿にして述べているわけではなくいくらラカン協会に長く在籍していることを自慢(私にはそのようにしか聞こえません)したところで実際に分析を受けなければ意味が無いと思うからです。
僕のような無名の人間から何か言われることは心外でしょうが彦坂さんはご自分のことが全く分かってらっしゃらない人です。
これは長いこと彦坂さんの言動を観測してきた僕なりの結論です。
具体例はいくらでも挙げることができます。
つまり自分自身と誠実に向き合うという基本的なことができていない人なのです。
彦坂さんが会田誠さんや村上隆さんを批判するのは本当に単純なことです。
それは嫉妬です。
彼らと比してご自身の評価が低いこと。
それ故に彦坂さんは彼らに執拗にこだわるのです。
分析を受ければそういった基本的な心理に直面されることなるでしょう。
とりあえず日本ラカン協会の日本人の分析医では駄目です。
そことは関係のない分析医から分析を受けなければ何をおっしゃられても一切説得力はありません。
むしろ現状のまま翻訳でラカンを読むことは自己認識という点では害悪にしかならないでしょう。

Re: タイトルなし

白蓮様

> 翻訳でラカンを読むのも結構ですが実際にラカン派の分析医に分析を受けたらいかがでしょうか?

翻訳でラカンを読んでいるだけではありませんよ。フランス語で読んでいる読書会にも出てきています。
ラカン派の分析医に分析を受けるということは、考えたことがありませんでした。ご提案は面白く思います。正確な意味でのラカン派の分析医というのが、日本にいるのかどうかは、私は確認していません。日本人で、最初にジャック・ラカンの精神分析を受けたのは、佐々木 孝次氏のはずです。普通は、教育分析だけでも10年必要と言われるようなので、そこまでの訓練を受けている人は日本にはいないのではないでしょうか。

> これは別に馬鹿にして述べているわけではなくいくらラカン協会に長く在籍していることを自慢(私にはそのようにしか聞こえません)したところで実際に分析を受けなければ意味が無いと思うからです。

日本ラカン協会だけではありませんが、日本のラカン研究は、臨床医を中心としたものではありません。精神分析そのものがフランスは盛んですが、日本は弱いのです。精神病の治療の中心は精神分析ではないようなのです。その辺のことも伝聞程度であって、それ以上は詳しくはありません。

私にとっては、最初にあったのはキルケゴールでありました。キルケゴールは「人間とは精神である。精神とはなんであるか? 精神とは自己自身との関係である。あるいはその関係への関係である。」と定義しています。その後に、デカルトの「我思う故に、我あり」というコギトを徹底的に思考したフッサールの現象学に惹かれて、追いかけています。フッサールはコギトの内側から、他者構成をしようとするのですが、失敗します。つまりコギトの内側からは、他者は現れないのです。

そうした時に、構造主義を背景に登場したジャック・ラカンの鏡像理論に出逢ったのです。つまりコギトそのものがラカンによって解体されて、自己というもの自信が、鏡像によるフィクションであるという指摘がなされるのです。こうしたヨーロッパの精神や自己を把握する知的な運動に惹かれていったので、現在はそれがポール・ファイヤアーベントの思考に対する興味に繫がっています。ファイヤアーベントは、共約不可能性という指摘をしていますが、異なる考えを持つ人間同士の間で、概念間の対応付けがうまく出来ない状態のことを指します
。つまり私と、白蓮さんも、違う人間で、違う考え方をもっているので、うまく対応が出来ないのですね。


> 僕のような無名の人間から何か言われることは心外でしょうが彦坂さんはご自分のことが全く分かってらっしゃらない人です。

まったく心外ではないですよ。むしろありがたく思います。「自分のことが全く分かっていない」というご指摘は、その通りであると思います。

> これは長いこと彦坂さんの言動を観測してきた僕なりの結論です。
> 具体例はいくらでも挙げることができます。
> つまり自分自身と誠実に向き合うという基本的なことができていない人なのです。

同感です。私自身は「自分自身と誠実に向き合うという基本的なことができていない」と思います。ジジェクが言うように、基本的に自己欺瞞を私は生きていると思います。

> 彦坂さんが会田誠さんや村上隆さんを批判するのは本当に単純なことです。
> それは嫉妬です。

なるほど。

> 彼らと比してご自身の評価が低いこと。
> それ故に彦坂さんは彼らに執拗にこだわるのです。

そう白蓮さんが受け取られることは、私は理解できます。白蓮さんだけでなくて、多くの人がそのように受け取るかもしれません。

> 分析を受ければそういった基本的な心理に直面されることなるでしょう。

その事実を確認してみたいとおっしゃるのならば、白蓮さんの推薦する精神分析医に、一緒に行って、分析を受けて見たいと思います。分析医の意見を私も聞いてみたいと思います。

> とりあえず日本ラカン協会の日本人の分析医では駄目です。
> そことは関係のない分析医から分析を受けなければ何をおっしゃられても一切説得力はありません。

了解ですよ。白蓮さんの推薦する精神分析医にしてもらいましょう。

> むしろ現状のまま翻訳でラカンを読むことは自己認識という点では害悪にしかならないでしょう。

自己認識のために読んでいるのではないですよ。一度立教でやっているラカンの読書会に来てくださいよ。具体的に見てください。歓迎しますよ。

貴重なご批判に感謝致します。

分析を受けずにラカンを読むことは害悪という言い方は勇み足でした。
特に実際に分析を受けずにラカンを読んでもいろいろなインスピレーションを受けることはできるでしょう。
また自己分析のためにラカンを読んでいるわけでないというのも僕の誤解でした。
ただ僕がラカンなどの心理学を読むことは自己認識のためにしていることなのでそれを勝手に彦坂さんにも敷衍してしまっただけでした。
また自己分析、自己認識、おのれ自身を知るという営為に彦坂さんが興味を持たないのであれば分析を受けることも意味がないことです。
個人的には分析というものは当人が非常に困っていてやむにやまれず受けるものだと思っています。
彦坂さんが本当に困っていたならば僕などが提案する前とうの昔に自己認識を通じての自己治療という営為に着手されていたことでしょう。
そもそも僕は差し出がましいことを書いてしまっのであって分析を受けようが受けまいがそれは彦坂さんの自由にしてください。
また何故ラカン協会の分析医が駄目なのかは既に彦坂さんがそこに長く属しておりある種の政治力を持ってしまっていると考えたからでした。
その意味でその政治の外にいる分析医が適当だと考えたのです。
ただあえて受けるのであれば佐々木さんが適任だと考えます。
何故なら佐々木さんの方が彦坂さんより長くラカンと思想的に格闘され続けており教育分析も受けているからです。

あと蛇足になりますが以前から気になっていたのはフッサールの“失敗”についてです。
去年の夏のラカン協会のワークショップでフッサールが誠実に失敗していったという発言に違和感を感じていました。
何故ならフッサールは何も失敗していないからです。
フッサールが他者構成に失敗したというのは非常にありがちなフッサールの誤読の一つです。
これは多くの人が超越論的主観の意味を取り違えていることから起こっていることです。
超越論的主観というのは普通考えられているようなエゴでもコギトでも自我でもありません。
またラカンもそれを解体していません。
恐らく理解していなかったと思います。
近代的西欧的自我が解体されたというのは有名な物語ですが超越論的主観は特にその物語と関わりは持っていません。

あと僕が立教大学で行われているラカン読書会へ行くことはありません。
また“歓迎”という言葉を文字通りに受け取るほど僕もナイーブではありません。
以前ヘーゲルの研究者が聖書を読んでいなかったことで喧嘩になったことを一つの武勇伝のように語られていましたが端的にいってそういう人物と会見するのが嫌なのです。
勿論ヘーゲルの研究者が聖書も読んでいないというのは論外だと思いますが。
またおまえは自分の娘と性行為がしたいのだろうといった発言も一つの武勇伝として語っているように聞こえました。
もし同じ事を彦坂さんが他人から同じ事をいわれたとしたらどうでしょうか?
楽しい気分になれるでしょうか?
精神的に傷つかずに済むでしょうか?
また彦坂さんがご自身でアップロードした動画でデュシャンを巡って糸崎さんを口を極めて罵っていたのも見ています。
そして今度は糸崎さんがツイッターで生須さんを批判した時身内を批判するようなことを慎めと諌めていたのも見ています。
またブログのコメントでもご自身の孫のような年齢の人物に対しておまえは秘密警察かと詰問してたことも見ています。
僕はこのような獣性に満ちた粗暴な人物と会見したくはないのです。





Re: タイトルなし

白蓮 様

コメントありがとうございます。

> 分析を受けずにラカンを読むことは害悪という言い方は勇み足でした。

白蓮さんは根本的な勘違いがあります。分析を受けてラカンを読むなどと言うこと自体が不可能でした。たぶん、今も不可能なはずです。

最初にラカン系を読んだのは、ラカンの本ではありません。
今日のようにラカンの翻訳書自体が無かったのです。
ましてや、日本にラカン系の精神分析医などはいなかったのです。

まず、日本人で初めてラカンの精神分析を受けた佐々木 孝次氏が日本に帰ってきて出版した本が、『母親・父親・掟 精神分析による理解』( せりか書房 1979.3)で、これは出版後すぐに読みました。ですから1979年か80年に読んだと思います。

続けて佐々木氏の著作『心の探究 精神分析の日記 』(せりか書房 1980.3)が出て、これもすぐに読んでいます。

さらに 伊丹十三が仕掛けた対談 Lecture books『快の打ち出の小槌 日本人の精神分析講義 』(朝日出版社 1980.5)を読みます。ですから1980年がラカン元年とも言うべき時代です。

 ラカン系ではなくてフロイト系の岸田秀の『ものぐさ精神分析』(青土社)が出たのが、1978年です。続けて『二番煎じ ものぐさ精神分析』(青土社)
『出がらし ものぐさ精神分析』(青土社)が1979年、、1980年に出ていますので、この1980年が精神分析の新しい啓蒙的な書き手の登場した時代だったのです。

 続けてジャック・ラカン著『エクリ』を3冊購入しています。1977-1981年にかけて佐々木氏が共訳で出版したものです。しかしこれはむずかしくて、大変な本でした。

> 特に実際に分析を受けずにラカンを読んでもいろいろなインスピレーションを受けることはできるでしょう。
> また自己分析のためにラカンを読んでいるわけでないというのも僕の誤解でした。
> ただ僕がラカンなどの心理学を読むことは自己認識のためにしていることなのでそれを勝手に彦坂さんにも敷衍してしまっただけでした。

そうですね。白蓮さんは勝手に会ってもいない私に投影をしていて、ラカンの言うところの鏡像関係を作ってしまっているのかもしれません。

私自身は、この1980年段階で、自分の心の中に入って過去に遡行するサイコ・ダイバーの作業を繰り返しています。夢枕漠の『サイコダイバー・シリーズ』から影響を受けた手法です。その結果、自分が父親に抱かれた事が無いという事実を突き止めています。母親に言うと、父だと思った人は父親では無くて、実際の父親は誰だか分かりませんでした。

> また自己分析、自己認識、おのれ自身を知るという営為に彦坂さんが興味を持たないのであれば分析を受けることも意味がないことです。
> 個人的には分析というものは当人が非常に困っていてやむにやまれず受けるものだと思っています。

それはそうでしょうね。病気の治療のために医者がいるのですよね。

> 彦坂さんが本当に困っていたならば僕などが提案する前とうの昔に自己認識を通じての自己治療という営為に着手されていたことでしょう。
> そもそも僕は差し出がましいことを書いてしまっのであって分析を受けようが受けまいがそれは彦坂さんの自由にしてください。

ですから、私はキルケゴールの『死に至る病』を中学2年生の時に読んでいて、そこから始まっているのですね。それから高校3年生でコリン・ウイルソンの『アウトサイダー』のシリーズ8冊を読んで、フッサールにたどり着いたのです。

➢ また何故ラカン協会の分析医が駄目なのかは既に彦坂さんがそこに長く属しておりある種の政治力を持ってしまっていると考えたからでした。

そんなもの、ひとっかけらも無いですよ(笑い)。

> その意味でその政治の外にいる分析医が適当だと考えたのです。
> ただあえて受けるのであれば佐々木さんが適任だと考えます。
> 何故なら佐々木さんの方が彦坂さんより長くラカンと思想的に格闘され続けており教育分析も受けているからです。

佐々木先生は何度もお話しをしていますが、この人は本当に人格的に問題のある人で、とても分析を受ける気にはなりません。何よりも分析医ではないですよ。

> あと蛇足になりますが以前から気になっていたのはフッサールの“失敗”についてです。
> 去年の夏のラカン協会のワークショップでフッサールが誠実に失敗していったという発言に違和感を感じていました。
> 何故ならフッサールは何も失敗していないからです。
> フッサールが他者構成に失敗したというのは非常にありがちなフッサールの誤読の一つです。
> これは多くの人が超越論的主観の意味を取り違えていることから起こっていることです。
> 超越論的主観というのは普通考えられているようなエゴでもコギトでも自我でもありません。
> またラカンもそれを解体していません。
> 恐らく理解していなかったと思います。
> 近代的西欧的自我が解体されたというのは有名な物語ですが超越論的主観は特にその物語と関わりは持っていません。

その辺は興味深いご意見としてお聞きしておきます。

> あと僕が立教大学で行われているラカン読書会へ行くことはありません。
> また“歓迎”という言葉を文字通りに受け取るほど僕もナイーブではありません。
> 以前ヘーゲルの研究者が聖書を読んでいなかったことで喧嘩になったことを一つの武勇伝のように語られていましたが端的にいってそういう人物と会見するのが嫌なのです。

おすきなようにしてください。
ただ武勇伝と言われるのも迷惑な感じをもちます。

> 勿論ヘーゲルの研究者が聖書も読んでいないというのは論外だと思いますが。
> またおまえは自分の娘と性行為がしたいのだろうといった発言も一つの武勇伝として語っているように聞こえました。

そんなことをいったのかどうかは、覚えていません、

> もし同じ事を彦坂さんが他人から同じ事をいわれたとしたらどうでしょうか?
> 楽しい気分になれるでしょうか?
> 精神的に傷つかずに済むでしょうか?
> また彦坂さんがご自身でアップロードした動画でデュシャンを巡って糸崎さんを口を極めて罵っていたのも見ています。
> そして今度は糸崎さんがツイッターで生須さんを批判した時身内を批判するようなことを慎めと諌めていたのも見ています。
> またブログのコメントでもご自身の孫のような年齢の人物に対しておまえは秘密警察かと詰問してたことも見ています。
> 僕はこのような獣性に満ちた粗暴な人物と会見したくはないのです。

ご意見理解できます。
会わないことは良いのではないでしょうか。
お好きなようにしてください。

彦坂尚嘉

ご返信ありがとうございました。
僕が想像の中で作り上げた彦坂さん像よりまともな人物であることが確認できたのである意
味、安堵しています。
彦坂さんのブログを読むことで啓発されることは確かにあったのでそれについては大変感謝
しております。
実は僕自身が激昂しやすく人を情け容赦なく論難することが多い人間なのでそれを彦坂さん
に投影してしまったのだと思います。
僕自身も佐々木さんのご本も伊丹十三との対談本も読んできています。
あとは岸田秀の本も読んできています。
佐々木さんが人格的に問題がある人物であるというのは初耳でしたが。
あと僕自身もコリン・ウィルソンの本はほぼすべて読んでおりウィルソンからフッサールや
ホワイトヘッドを知ったのでした。
正直ラカン読書会には興味があり誰にでも門戸を開いているのなら行ってみようかと思って
はいました。
ただ今回彦坂さんに投影してしまったように僕自身が粗暴な獣性に満ちた人間なのでどこか
で理性を喪失して言い争いになる可能性は高いのです。
それは彦坂さんにもとても迷惑なことでしょうからラカン読書会への参加は遠慮させていた
だきます。
 
白蓮

Re: タイトルなし

白蓮様

コメントありがとうございます。
私自身が最近ブログをきちんと管理できていなくて失礼していて、申し訳なく思います。
再度ブログに回帰して、改造も勧めるつもりです。

昨日のラカンの読書会の記事も書くつもりですが、まあ、気楽なものですので、気が向けばお越しください。

彦坂尚嘉


> ご返信ありがとうございました。
> 僕が想像の中で作り上げた彦坂さん像よりまともな人物であることが確認できたのである意
> 味、安堵しています。
> 彦坂さんのブログを読むことで啓発されることは確かにあったのでそれについては大変感謝
> しております。
> 実は僕自身が激昂しやすく人を情け容赦なく論難することが多い人間なのでそれを彦坂さん
> に投影してしまったのだと思います。
> 僕自身も佐々木さんのご本も伊丹十三との対談本も読んできています。
> あとは岸田秀の本も読んできています。
> 佐々木さんが人格的に問題がある人物であるというのは初耳でしたが。
> あと僕自身もコリン・ウィルソンの本はほぼすべて読んでおりウィルソンからフッサールや
> ホワイトヘッドを知ったのでした。
> 正直ラカン読書会には興味があり誰にでも門戸を開いているのなら行ってみようかと思って
> はいました。
> ただ今回彦坂さんに投影してしまったように僕自身が粗暴な獣性に満ちた人間なのでどこか
> で理性を喪失して言い争いになる可能性は高いのです。
> それは彦坂さんにもとても迷惑なことでしょうからラカン読書会への参加は遠慮させていた
> だきます。
>  
> 白蓮

>嘘です。それはラカンの解説書に限らず、あらゆる分かりやすい解説書は、嘘です。


私に言わせればラカンさえ嘘です。


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プロフィール

New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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