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美術や芸術は学び得るのか?  - 2013.03.03 Sun

美術や芸術は学び得るのか?

書で言えば、王羲之はよく勉強しています。同様の事は絵画にも言えて、ピカソも、ゴッホも勉強して学習することで《超一流》の作品を作るようになっています。私から見ると学習することだけが、優れた美術を作り出しているように思えます。


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しかし今日の美術大学は、芸大も含めて美術教育をやっていないように見えます。そのために《第1次元 社会的理性領域》の作品、つまり《一流》の作品をつくる学生がいなくなっています。6流が一番多くて、6流よりも落ちる8流もいます。しかし最近はもっと低くなっていて6400次元にまで、落ちているのです。6400次元って、何かというと、日向ぼっこなのです。太陽が照っているときに、その日だまりの中に座って幸せにしている感覚が《6400次元》です。つまりストレスがなくなっている。《一流》のものはストレスが高いのですが、《6400次元》にまで落ちるとストレスがなくなって、幸せになり、癒やされるのです。そういう美術が増えてきているのです。

建築と同様に美術作品を作ることには、多くの知識と、経験の圧縮が必要です。制作する経験を積んでいくと、その経験が無意識の中で圧縮されて実力になっていくのです。実力のある《一流》の人は、実はストレスに強くて、ストレスに耐えて良い作品を制作するのです。《一流》のアーティストになるには、ストレスから逃げないことが必要です。

今日の若いアーティストには、《万能感》が強くあって、この感覚が自分を天才であると誤認させています。天才であると言う感覚は、思い上がった誤認に過ぎないのです。自称天才は、実際には無知無能で下品な野蛮人で、《下の下》であるに過ぎない作品を作っている。しかし下品なものを多くの人は好きですから、絶賛するのです。だから《下の下》を天才であると言う風に思い込むのです。

欧米の場合には、アーティストは初期に芸術を作っていないのですが、デビューしてしばらくすると、芸術を作るように生長します。ゴッホもピカソもそうですが、最近のアーティストで言えばシンディ・シャーマンも初期作品はデザインワークで、工作少女でしか無いのですが、それが偉大な《超一流》の芸術を作り出すように生長していくのです。《超一流》というのは、辛いカレーのようなもので、ストレスが異常に高いのですね。こういう異常に高いストレスに耐えるという強度のある精神への変貌が、日本のアーティストにも起きれば良いのですが、それが起きない。なぜか? 芸術を教える人がいないからです。精神を鍛えて強度をつけて、芸術というストレスに耐えることを教えることが必要なのです。そして芸術という異常に高いストレスに耐えることは、学びえるものなのです。

多摩美は、私の出身校なので知ってはいますが、放し飼いです。東京芸術大学の出身者何人かに、直に質問すると、芸大も、放し飼いであるというのです。放し飼いだから野生化するのでしょうね。野生化した犬のように、野蛮になっていく。敗戦後の日本の現代美術や現代写真というのは、野蛮でしかないものが多くあるのですね。

しかし野蛮は芸術ではありません。
多くの人は同意してくれないでしょうが、アフリカの黒人彫刻は芸術ではありません。アボリジナルアートも芸術ではありません。ただし《ライト-アート》ではあります。《ヘビー・アート》では無いのです。つまり野蛮な美術は《ライト-アート》なのです。《ライト-アート》で良いではないか? それが今日の社会が考えるアートなのです。それは《一流》ではないのです。《一流》の《ヘビー・アート》は、ストレスに耐えて学ばなければ作り得ないのです。
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Re: なにか感じること。

あるつ 様

コメントありがとうございます。
おっしゃっていることは分かります。

彦坂尚嘉




> 多摩美の文化祭に久しぶりに行って、ひどい状態に驚きました。
> 軽い絵を描くのは流行だと思いますね。
> 漫画やイラストも芸術になりえるっていう解禁があってから変わった部分は大きいとは
> 思います。 ただ、流行とは別の衝動で描く人達もいると思います。
> 本能回帰。野蛮だと軽蔑してたものへの憧れ。
> 人間は、動物なんだけど虫や他の動物とは違い、もう動物そのものには
> 帰れなくなってるっていう喪失だと思うんですね。もう私たちは動物には戻れないっていう人間の
> 悲しみみたいな。。そういう本質を持った人に野蛮!と言っても
> 心に響かないと思うんです。うん、だから僕も軽蔑してたんだけど・・っていう所での欲求
> だと思うのです。でも憧れというか、実際、大自然にはなにもかないません。
> 人間はもう本能が後退した生き物であるという事の前に
> 人はたちすくむ事がある、という事だと思います。自然にたいし間違いを侵すのは人間です。
> 何より人間は、自分自身に平気で嘘をつく事がある。理に反すれば自分を苦しめるだけなのに。
> 自然の美しさ、動物の本能には、どんな人工美も芸術も知もかないません。
>
> 本能が後退してるから、本能的なものを欲し、しかし所詮人間で絶対に手にいれられない。
> その欲求は、人間がたどった宿命により
> わき出る自然なものだという側面、それもまた認めるべきではないでしょうか?。
>
> ただ、そのような本能回帰が軽く突発的な絵を描けば、ちかずけるという刷り込み、思いこみが
> 結果、ただの人間の観念になってしまった。そのことが問題だとは思います。
>
> 人間が本能回帰をまねしても、本物の野生動物の美しさにはかなわない。
> 所詮、人間だろ!っていうところで陳腐なものにうつるのかもしれませんね。
>
> 人間のこの宿命をどう芸術に反映させるかは、新しい入口が必要になってるのかもしれないですが
> ひとことにそれらを指し野蛮!でかたずけられない背景があると思うのです

美術教育は人から教わるものではないように思いますね。


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New HIKOSAKA 彦坂尚嘉

Author:New HIKOSAKA 彦坂尚嘉
彦坂 尚嘉(ひこさか なおよし、1946年6月26日 - )は、 美術家。立教大学大学院特任教授。日本建築学会会員。日本ラカン協会会員。気体分子ギャラリーを主催。

【著書/出版】『反覆/新興芸術の位相』(74年、田畑書店)、『死に対抗する力』(91年、ギャラリーKURANUKI)、『リノメランコリア』(94年、岡部版画工房)、共著『リベーションの現場』(05年、彰国社)、共著『メディアと精神科医』(05年、批評社)。共著編『皇居美術館空想』(08年9月朝日新聞社)。『彦坂尚嘉のエクリチュール』(08年、三和書籍)、共著『3・11万葉集 復活の塔』(2012年、彩流社)

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